温もりを抱きしめて【完】

わずかな距離

早いもので暦は10月に入り、帝桜学園の生徒たちは目前に控えた体育祭の練習により一層励んでいた。

帝桜祭同様、生徒会長の動機付けでやる気を見せた全校生徒たち。

単純、といえばそれまでだけど...それでも皆と一緒に何かを目指して頑張る事の楽しさは、帝桜祭で経験済みだ。

私のクラスも、総合優勝を目指して張り切っている。




「伽耶様、どうぞこちらへ」


水曜日の放課後。

ロータリーまで迎えに来てくれた二宮さんが、爽やかな笑みを浮かべてドアを開けてくれた。

ついこの間までは図書館で要さんを待ち、一緒に帰っていた。


でも、今日はその隣に要さんの姿はない。


私が二宮さんに無理を言って、早めに迎えに来てもらうように頼んだからだ。

表向きの理由はフランス語の苦手分野を勉強するため、水曜の放課後に家庭教師をつけて欲しいというものだったけど、ホントはそうじゃない。



...私は少し、要さんのことを避けていた。



要さんの...ふとした優しさに触れる度、嬉しさと同時に胸の苦しみも感じる。

一緒にいれば、藤堂さんのあの言葉が頭をちらつく。

彼の幸せを考えると、「これでいいのか」という思いが湧き出てくる。

要さんの傍にいると、「私を見て欲しい」という気持ちがどんどん大きくなってきて...そんな自分が怖くなった。



私が夏希ちゃんに藤堂さんを助けに行くように頼んだあの日。

夏希ちゃんが駆けつけると、要さんファンの女の子たちは立ち去った後だったみたい。

私の『先生、こっちです!』という嘘の後にすぐ逃げていったようで、藤堂さんが無事だったことに安堵した。


「二宮さん、手間をかけさせてしまってすみません」


車に乗り込んですぐ、運転席に座った彼にそう言うと、二宮さんはこちらに顔を向けて笑ってくれた。


「いいえ、とんでもございません。お気遣いありがとうございます」


そんな彼の言葉と笑顔が、今の私の心をちょっとだけ和らげてくれた。





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