温もりを抱きしめて【完】
だからこそ、私が婚約者であることは誰にも言ってなかった。

そもそも婚約なんて親同士で勝手に交わされただけのもので、当人の同意を得られていない。

だから『誰にも言ってない』というよりは、婚約関係自体があやふやで、わざわざ事を荒立てるような話はしない方が賢明だと判断した。



それは彼の方ももちろん同じ。

校内で見かけることはあっても、私のことなど素知らぬフリで目だって合わせない。

家の中でさえ、会うことがないのだ。

大勢の目があるこの校内で、彼が私に話しかけることなんて有り得る訳もなかった。

そして何より、いつ見たって大勢の女の子が周りを付き纏っている彼に近づこうとも思わなかった。




「よーし、全員席につけー!」


チャイムが鳴ると同時に担任の先生が入ってきた。

私の周りにいた女の子たちも、「あとでね」と言って自分の席へと帰っていった。

挨拶の後、出欠確認が始まる。

名前を呼ばれ手を挙げて返事をする生徒たちを1人ずつ見ながら、先生は手元の出席簿に丸をつけていく。




「藤島伽耶」


「ハイ」




中盤より少し後に名前を呼ばれた私も、手を挙げて返事をした。

自分の番が終わると、窓の外に視線を向ける。

有り難いことに、私の席は窓際の後ろから2番目。

だから、今日みたいな雲ひとつない晴れた日は先生の目を盗んでは外の景色に見入っていた。
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