温もりを抱きしめて【完】
低く、だけど優し気な要さんの声。

それが近くで聞こえてきたことに驚いた私は、振り返って後ろを向いた。

そこには少し呆れたように笑う、要さんがいた。


「要さん……どうして、」


私がそう呟くと、要さんはハァと溜息をついて私を見た。


「どうしたもこうしたもあるか。急に婚約破棄したいなんて言い出すかと思えば、今度は東條から怒られ……おまけに家へ帰ればお前はまだ帰ってないなんて言うし」


少し走ってきたのか、要さんの息は僅かに上がっていた。


「……アイツの事は東條から聞いた。直接会いに行って、きっちり話もしてきたぜ?だから水織の婚約も破棄になった」


それを聞いてズキッと胸が痛んだ。

彼女の婚約が破棄されたという事は、そういうことだ。



―――そっか、話しきたんだ……。



沈む私の気持ちをよそに、要さんは話を続ける。



「充さんとも話して、俺の気持ちをちゃんと伝えたつもりだ」



そうしっかりと私の目を見て話す要さんの顔を、これ以上見てられなかった。

その話を、これ以上聞きたくなかった。




くるりと後ろを向き、要さんに背を向けた。

目の前に見えるライトアップされたガーベラ達が、そんな私を見つめている。



「...よかったですね」



その声が震えていなかったか、心配になった。

でも何か話さないと、また涙が出てきそう。



「幸せになってください。……彼女と一緒に」



自分で言ってホントに胸が苦しくなった。

息が詰まるような、そんな感覚に襲われる。



「おい、ちょっとま「離してくださいっ!」



後ろから急に掴まれた腕。

それを大きく振り払って、私は要さんを見た。




もう、頬を流れる涙は隠せなかった。




払われた手を宙に浮かせたままの要さんに背を向けて、私はそこから走り出した。

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