温もりを抱きしめて【完】
「おい、待て!」


だけど、足の速い要さんにすぐに追いつかれ、また手を取られる。

抵抗してはみるものの、力の差なんて歴然としている。



「いや、離して!」



暴れる私に苦戦しながらも、要さんはもう片方の手を掴む。

そのまま手を引かれたかと思うと、グイッと私を自分の方へ引き寄せた。



「離すかよ」



間近に見える要さんの顔は、ほんの少しだけ怒っているように見えた。

私の顔は、涙でぐちゃぐちゃだ。

だから出来ればそんな顔見られたくなかったけど、要さんから目が反らせない。

反らすことが出来なかった。


「……お前、勘違いしてないか?」

「え……」



大人しくなった私を見て、要さんは掴んでいた腕の力を弱めた。

そしてじっとこちらを見つめると、ハッキリとした口調でこう言った。



「俺はお前との婚約を破棄するつもりはない」



その言葉を聞いてから数秒。

要さんが何を言ってるのか、私には分からなかった。



「だからと言ってお前を蔑ろにして水織と関係を続けるつもりもない」



どうして?どういうこと?


……だって要さんは、あんなにも彼女を大切にしていたじゃない。



「どうして……要さんは、彼女が今でも好きなんじゃ…」


私がそう言いかけると、要さんはふぅと息を吐き、自嘲気味に笑った。



「そうだな……お前がそう思うのも無理ないな」



そう言った後。

掴んでいた手をまたグイッと引き寄せられて、私は要さんに抱きしめられた。

彼の腕の中は、心地いい。



その久々に感じる温もりに、我慢していた何かが溢れてくる。

抑えていた気持ちが、もう止められなくなる気がした。



要さんの右手が頭に回る。

そしてギュッと頭を胸に押しつけられると、要さんがつけてる香水の匂いが鼻をくすぐった。



「……俺は、お前が好きなんだ」



温かい彼の腕の中で聞こえたそんな言葉に、私は夢を見てるのかと思った。


だって、それは私が欲しかった言葉。

ずっと求めていた言葉だったから。
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