温もりを抱きしめて【完】
約束の時間を2時間程過ぎてから帰宅した俺を出迎えたのは、メイドの三上だった。


「要様、おかえりなさいませ。藤島様がお待ちですよ!間島さんも怒ってます!」

三上は俺の手荷物を受け取ると、慌てた様子でそう言った。

俺は胸元のボタンを外し、キュッと締まったネクタイを緩めがら広間に続く廊下を歩く。


「知ったこっちゃねぇよ。そもそも俺は婚約だなんて認めてないぜ」

「だとしても、今日は大事な顔合わせの食事会です!藤島様は要様が帰ってくるまで待ってるとおっしゃっられていましたけど、これ以上お待たせ出来ないので先に食事を摂ってもらってます」


三上の言葉を右から左へ聞き流しながら、その婚約者とやらが食事をしている広間のドアを勢いよく開けた。


「要様!」と、慌てた様子の三上の声が後ろから聞こえたが、それに構わずしんと静まった広間の中へ入る。


「要様!騒々しいですよ」


咎める間島の声も聞かず、俺はこちらを唖然として見つめる女を睨みつけた。



馴れ合うつもりはない。

そう思って冷たい言葉を投げつけると、返ってきたのは『結婚するつもりで来た』という言葉と、強い眼差し。

それを聞いて、正直「この女もか」という気持ちになった。

ダンッとドアを叩きつけると、僅かに女の体が強張る。



「俺はお前と婚約する気もなけりゃ、結婚する気もない」



静まりかえった広間に、俺の声が響く。

誰に言われようと、その意思は変えられない。

その場にいる全員の動きが止まったままの空間で、それだけ告げると俺は広間を立ち去った。



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