バレンタイン狂詩曲(ラプソディー) 〜キスより甘くささやいて 番外編〜
木曜日。今日は美咲は休日だ。
俺は美咲の顔が見れなくて寂しい。美咲がいない日はあまり喋る相手もいないので静かだ。
美咲はgâteauの唯一の女性なので、美咲がいると店の雰囲気が柔らかく、明るい気がする。きっと、他の従業員もそう思っている。
オーナーは看板娘がいないと寂しい。とハッキリ言っているし、もう、美咲はこのgâteauになくてはならない存在になってきているって思う。俺は眉間のシワを深くしながら、ケーキを作って過ごした。

午後。
オーナーの休憩中に、店に立つ。常連のお客さんがやってきては、ケーキを選んで帰っていく。俺の眉間のシワを気にして、額をシワを伸ばすように撫でてくれる美咲がいないので、今日はシワがそのままなんだろう。どのお客も口数が少ない気がするのは気のせいかな。とちょっと息を吐く。美咲がここに来る前は、自分の眉間のシワなんて気にしなかったのに。
俺は美咲に会いたくなった。
ギッとドアが開いて、若い男が入ってくる。ジーンズにダウンを羽織ってる。
昨日、店に来た少年だ。田島っていったよな。
下を向いたまま、ガラスケースの前に立つ。
「今日は美咲は休みだけど。」と俺が言ってやると、
「ジジイ、美咲ちゃんと結婚するの?」と聞いてくる。
「そうだよ。」と言ってやると、ため息をついて、顔をあげ、
「パティシエってモテる?」と俺の顔を見る。俺は眉間のシワがなくなっていくのがわかる。
「俺はもてたいからパティシエになったわけじゃない。」というと、
「なんで、パティシエになったの?」と聞いてきたので、
「高校生の時の美咲が、俺が作ったお菓子を食べた時に『お菓子って人を幸せな気分にするね』って言ったからかな。」と笑うと、
「へえ。…高校生の時から美咲ちゃんの事、好きだったんだ。」と驚く。
「好きだったけど、高校生の時は好きだって言えなかった。10年ぶりに会って、やっぱり好きになって、ものすごく頑張って、今では恋人に昇格って感じ。だから、おまえ、簡単に口説くんじゃないよ」と言ったら、
「ジジイのくせに、余裕なさそうだな」と生意気な事をいう。美咲の事になると俺は余裕はないかなとちょっと思う。
「ジジイじゃなくって、風間 颯太だよ。…ところで、厨房見てみる?プリン作ってやるけど」と笑ってやると、少年は目を輝かせた。

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