バレンタイン狂詩曲(ラプソディー) 〜キスより甘くささやいて 番外編〜
美咲の手がチョコレートを刻んでいる。
美咲はこの間の俺がいない休みの日にチョコレート作りの材料を揃えたみたいだ。(俺は週休1日で、美咲は週休2日だ。)
gâteauのモノを使えば、トリュフに適したチョコや、クリームが揃っているけれど、それじゃあ、ずるい気がする。と言って、市販のモノで揃えた。
俺はカウンターキッチンのリビング側のスツールに腰掛けて、雑誌を開いて、手をあんまり出さないように気をつける事にする。
チョコレートを刻み終わって、チョコレートを湯煎にかけて溶かす。
美咲は何度も温度を確かめながらチョコレートをかき混ぜる。美咲は料理はするけど、お菓子作りには興味がないみたいで、ちょっとした事にもモタモタと時間がかかり、湯煎のお湯の温度が下がって、お湯を足し、
「熱っつい!」と手を抑える。やれやれ、そんなにモタモタするとチョコがムラになる。
いや、火傷はもっと困る。俺は慌てて、キッチンに入って、美咲の手をつかんでザーザー水を流して、手を冷やす。俺が眉間にシワを寄せているので、美咲は小さくなって、
「ゴメンなさい」と俺の顔を見る。ちょっと赤くなっただけの手を確認して、俺は、
「気をつけるように。」としかめ面しい顔を作るけど、慣れない様子で、いろいろな表情を見せる美咲がとても可愛らしいので、得した気分になる。いつもは結構落ち着いたオンナなのだ。


美咲はやっと、手をベタベタにしながら、丸めたガナッシュにチョコレートでコーティングを終え、
「出来た。」と笑顔を見せる。かわいい。キッチンはチョコレートだらけになったけど、構わない。
俺は、早速口に放り込む。まだ固まり切らないチョコレートで手が汚れたけど、指も舐めてしまえばいいのだ。
うーん。予想通りにちょっと固い。もう少し、手早く作れて、あと少し、よく混ぜて、いや、クリームの分量を少し増やすか。など、考え込んでいると、
「美味しくない。」と呟く美咲の声が聞こえた。俺はハッとして、
「初めてにしては上出来。」と美咲の瞳を覗き込む。美咲は
「…やっぱり、颯太には渡せないよ。」と瞳を曇らせる。俺は、
「2回目に作る時はもっと上手く出来るよ」と笑いかけたけど、美咲は返事をしない。
俺はチョコレートの味のする唇にそっとキスをしてから、
「昔の俺に『お菓子って人を幸せな気分にする』って教えてくれたのは美咲だ。大丈夫。俺は美咲が作ったお菓子っていうだけで、『幸せな気分』だ。」とニッコリ笑いかけたら、やっと、少し笑顔が見れた。
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