草花治療師の恋文
「みんな帰ったな。」
「はい。マーガレット様もお休みになられました。」
仕事を終わらせたセイリンとクライツは、クライツの部屋に入った。
「何か飲むか。」
クライツはスーツの上着を脱ぎながら、キッチンを覗いた。
セイリンも上着を脱ぎ、ネクタイとシャツを緩めた。
「久しぶりに一杯やるか。」
クライツはワインとグラスを持って戻ってきた。
「え⁉︎でも…。」
当主のライザが床に伏せている状況で、考えたくはないが、いつどうなるかわからない時にアルコールはマズイのでは…。
セイリンは真面目一徹のクライツの意外な行動に驚いた。
「今日は大丈夫だよ。」
セイリンの心配を察したのか、クライツは応えた。
クライツはグラスにワインを注ぎ、1つをセイリンに渡した。
クライツは一口ワインを飲むと、ソファに座った。
「さぁ、お前の聞きたいことはなんだ?」
セイリンも一口飲んで、グラスをテーブルに置いた。
「…マーガレット様がクルガ様に対して怯える理由を知りたい。」
セイリンは単刀直入に聞いた。
クライツはわかっていたように頷いた。
「マーガレット様が10歳のあの日まで、殆ど制限もなく外出されたり、ライザ様についてパーティに参加されていただろう?」
「あぁ。」
それがあの日を境に、マーガレットからは言葉がなくなり、辛い日々を過ごすことになった。
セイリンは言葉で、マーガレットは文で、意思を伝え合い、信頼があるからこそ続けることができる時間を共にした。
2人が信頼し合ているからこそ、知らなくてもいいことかもしれないが、本当はマーガレットを傷付けた真実を知りたい。
4年間セイリンは真実に蓋を閉めてきていた。
しかし今日、クルガに接したことによってあの日の記憶が鮮明に甦り、マーガレットが衝動を受けたのがわかった。
また4年前のようになったら…。
セイリンは不安で仕方がなかった。
「あの日のパーティー、3人の事はライザ様から何か聞いているか?」
「3人?」
マーガレットとクルガの2人ではなくて?
「そう。マーガレット様とクルガ様、そしてライザ様の3人だよ。」
当時ライザに呼ばれた時は、マーガレットとクルガの2人の間で、相手への思いの捉え方が違ったと聞いていた。
それがマーガレットの失語の原因だと…。
「クルガ様がマーガレット様へ、恋情を…とは聞いたけど…」
確かにずっと疑問だった。
愛情の違いがあったにしろ、その事自体でそこまでショックを受けるのだろうかと。
セイリンはライザに聞いた通りに話をした。
「そうか。ライザ様はそのように話されたのか。」
クライツは頷き、ワインをもう一口飲んだ。
そしてグラスをテーブルに置き、セイリンを見た。
「セイリン、お前にはマーガレット様を一生お守りする覚悟があるか?」
父の突然の言葉に、セイリンは驚いた。
だが、答えは決まっていた。
「もちろん。」
「そうか…。ならよし。」
クライツはもう一度頷いた。
「今から話す事は、テンペスト家の中でもライザ様、クルガ様、そしてマーガレット様しか知らない。それがどれだけ重要かわかるな?」
セイリンは頷いた。
それは重大な秘密を守るという枷を与えられることになるが、その負荷を背負ってでも、マーガレットを守る事が何よりも重要なのだ。
セイリンの人生を、マーガレットに捧げると改めて決心した。