草花治療師の恋文
「これ、おばあ様の想記かな?」
リアンは拾った分厚い本をパラパラと開いた。
「さぁな。ばあさんならそのくらいの量やるだろうな。」
サクマもペラペラと本をめくった。
めくられた本は、今まで治療師として施してきた治療の記録で、1ページ1ページびっちりと想記で埋め尽くされている。
想記とは、テンペスト一族にだけ与えられた特殊能力の一つで、記録方法の一種だ。
「うっわ…。今の俺たちには到底真似できない想記だな。」
「だね。」
サクマは本を閉じて、側にあるテーブルに置いた。
その時、部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします。サクマ様、お客様でございます。」
「客?こんな時間に誰だ。」
現在午前7時過ぎ。来客にしては早すぎる。
「薬草堂のサラ様でございます。」
「げーっ‼︎サラかよ⁉︎」
サクマは思いっきり眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をした。
「サラに聞こえるよ、サクマ。」
リアンはサクマの顔を見て苦笑している。
「お前は他人事だから笑えるんだ‼︎」
サクマはブスッとして腕を組んだ。
「ちょっとー‼︎何か文句でもあるわけー⁉︎」
「うげっ…サラ‼︎」
リーの後ろからひょこっと顔を出して怒ったのは、薬草堂のサラだ。
治療師が使用する薬草を管理しているのが薬草堂で、サラはそこで働く薬草師だ。
赤髪のロングヘアを頭の上でお団子にまとめた小柄な16歳の女の子だが、薬草師の中ではかなり優秀で、一目置かれている。
「あんたが試したい治療法があるから薬草を持ってこいって言ったんでしょ⁉︎」
「あ…そうだったな…。」
サクマは忘れてたと言うような顔をした。
それをみたサラはプクッと両頬を膨らませた。
「ったく!仕事前にわざわざ持ってきてあげたのに失礼な奴ね‼︎」
「うっ…すまん…。」
サクマはタジタジでサラに謝った。
サラはため息をつきながらカバンから薬草袋を取り出し、サクマに手渡した。
「全く。サクマはもう少し頭で考えてから発言するべきだわ!じゃないと、治療師がみんなあなたみたいに暴言を吐く人だと思われるわよ?」
「その通り。」
サクマが反論する前に相槌を入れたのはリアンだ。
サクマは横目でリアンを睨んだが、リアンは気にせずニッコリ笑い返した。
「頼まれてた分、それでいいでしょ?」
「あぁ。」
サクマは視線を薬草袋に移し、中を確認した。
「助かったよ。ありがとう。」
「よろしい。」
サラはニコッと笑って返事をした。
「ところで、本の海の中で何してるの?」
サラは床に散らばった本の中にいる2人が気になった。
「今、マーガレット様のお部屋を片付けてるのです。」
サラの質問に答えたのはリーだ。
「マーガレットおばあ様の?まぁ、どうして今?」
サラはさらに疑問を投げかけた。
テンペスト家当主のマーガレット・テンペストはつい先日亡くなったばかり。故人を敬うために、死後1年間は部屋やその他、その人の記憶の欠片になるものは生前のまま保存し、存在した証を残すのがこの国の風習なのだ。
なので、サラは素朴に疑問を持ったのだ。
「ばあさんの遺言なんだよ。」
サラの疑問に今度はサクマが答えた。
「遺言?」
「そうなんだ。昨日遺言書の開示があってね。開示後すぐにサクマと僕でおばあ様の部屋を片付けるように書かれてたんだよ。」
本を拾いながらリアンが答えた。
「なんで俺たちがしないといけないのかは謎だけどな。遺言書に書かれていたからにはやらないとダメなんだよ。」
ハーッと溜息をつきながらサクマが言った。
「ふーん。そうなんだ。」
サラは部屋を見渡しながら返事をした。
サクマはあっそうだと思いついたような顔をした。
「お前、暇なら手伝えよ。」
「はぁ⁉︎あんた、私の話聞いてなかったの⁉︎仕事前って言ったでしょ⁉︎」
落ち着いていたサラを、サクマはまた逆なでしてしまった。
「そもそも、人に頼み事をする態度じゃないし‼︎」
サラは怒りながら部屋に背を向けた。
「遺言書は2人でするようにって指示されていたんでしょ?だったら私はお手伝いすることはできませんから。じゃ、私はこれで。」
「あっ、サラ様!お見送り致します。」
プリプリ怒りながら歩くサラの後を、リーが慌てて追いかけた。
「…なんだぁ?サラの奴。なんであんなにムキになるんだよ。」
サクマはポカンとしたまま、サラの後ろ姿を見た。
「さぁ?なんでだろうね?」
リアンはクスッと笑いながら片付けを続けた。