草花治療師の恋文
「マーガレット様ー‼︎どちらにおいでですか‼︎」
ライザからマーガレット専属の執事に任命されてから8年の月日が流れ、少年だったセイリンは長身、黒髪の青年に成長していた。
その青年は、広い敷地を走り回っていた。
理由はもちろんマーガレットだ。
「ここよー‼︎セイリン‼︎」
「⁉︎」
マーガレットを探していたセイリンは、予想だにしない場所から声がして驚いた。
「マーガレット様⁉︎なぜそのようなところに…!」
マーガレットがいたのは、セイリンの頭上にある大木の枝の上だ。
テンペスト家の長女はマーガレットと名付けられ、今年8歳になった。
誕生してすぐの頃のか弱い面影はなく、元気に育ち、今日もまた執事のセイリンを困らせている。
「だって、想記が上手にできなくて、お父様がお叱りになるんだもん!」
枝に座り足をプラプラさせ、癖っ毛のある銀髪をなびかせながら、マーガレットはプゥーと頬を膨らませた。
セイリンはその姿を見てホッとした。
「とにかく、そこは危ないので降りてください。」
「……自分で降りれるのなら、セイの事呼ばないわ。」
マーガレットは口先を尖らせた。
セイリンは溜息をついて、両腕を上に伸ばした。
「さぁ、私が受け止めますので飛び降りてください。」
「絶対受け止めてよ?」
マーガレットは半信半疑でセイリンを見た。
「……早くしないと気が変わります。」
「もうっ‼︎セイの意地悪‼︎」
マーガレットはフワッと枝から離れ、セイリンの元に降りてきた。
セイリンはゆっくりマーガレットをおろした。
「……ありがとう、セイ。」
マーガレットは下を向いたままお礼を言った。
「いいえ。マーガレット様がご無事で何よりでございます。」
マーガレットはセイリンの言葉にホッとし、顔を上げたが、安堵したのはほんの一瞬だった。
セイリンは笑顔だったが、目が笑っていなかった。笑顔の端から怒りがもれていた。
「マーガレット様?いい加減このようなことを止めていただかないと、私本当に怒りますよ?」
「もう怒ってるじゃないの‼︎しかも毎回‼︎」
自分で毎回と言ってしまう程、マーガレットは想記が嫌で勉強を抜け出しているのだ。
「わかっているのなら、毎回同じことをするのはお止め下さい。」
「だって‼︎想記が上手にできないんだもん‼︎」
マーガレットはまた頬を膨らませた。
「だからと言って、逃げてばかりではいつまでも上達しませんよ?」
セイリンの言うことはいつも正しい。
マーガレットは下を向いた。
「……だって…想記を失敗すると、お父様ががっかりしてるのがわかるもの。でも、何回やっても上手くできない。やるだけお父様を悲しませてしまうわ。」
マーガレットの声は震え、目からは涙がポロポロ溢れた。
その姿を見たセイリンはしゃがみ、ギュッと力の入ったマーガレットの手を、優しく握った。
マーガレットは顔を上げ、セイリンを見た。
そこには先程までの怒りは消え、優しく微笑む姿があった。
「では、私からひとつ提案です。想記が上手にできるようになるまで、私とも練習をしてくださいませんか?」
「?セイと練習?」
マーガレットはキョトンとした。
セイリンはフッと微笑んだ。
「文通ってご存知ですか?」
「文通?」
「はい。一般に使われている連絡手段のひとつですが、業務連絡のようなものではなく、どちらかといえばプライベートな手紙のやりとりです。」
セイリンは続けた。
「なんでもかまいません。その時に起こった出来事や、気になったこと、感じたこと、思いなど、それを手紙に綴って相手に送るのです。」
話を聞いているうちに、マーガレットの目から溢れていた涙が止まった。
「本来はペンで書きますが、マーガレット様は想記で書いてください。」
「想記で?でも、治療内容の想記しか知らないわ。」
「同じですよ。想記は主に治療に使用されますが、根本は『想いを記す』方法でございます。手紙には治療内容ではなく、私に対する不満でも、世間話でもかまいません。思いついた言葉を文にして記していただければ良いのです。」
セイリンの話が進むにつれ、マーガレットの目はキラキラと輝いた。
「初めは短くてもかまいません。徐々に慣れていけば良いのです。私と文通していただけますか?」
「やるわ‼︎今すぐやる‼︎」
マーガレットは頬を赤らめ、興奮気味で返事をした。
セイリンはクスッと笑い、立ち上がった。
「では、お屋敷に戻って、紙を準備しなくてはいけませんね。」
「うん!」
セイリンとマーガレットは手を繋いで屋敷に向かって歩きだした。
この日から、2人の「文通」が始まった。