夜のひそやかな楽しみ (Spin off 追加しました)
夕食にたっぷり時間をかけ、藤井夫妻の住むマンションから出た時は、日付が変わりそうな時間だった。
「あー、ひえてんな」
宗雅は夜空を見上げて、白い息を吐き出した。
碧はその横顔にしばし見惚れた。
滑らかな肌、通った鼻筋、引き締まった口元。
「はい」
宗雅は手を差し出した。
キラリと薬指にはまっている結婚指輪が光る。
碧はそろっとその指先を絡めると、逃がさないというように、ぎゅっと握りしめられた。
手を引かれて歩き出した。
人生って薄氷を踏むみたいだ、と思った。
ほんのささいなことで、人生が変わっていく。
夏に再会しなければ、今ごろ、あの事務室で入試の準備をしていただろう。
だからこの先の運命も気まぐれで、とても頼りない。
行動したことを後悔はしない、けど。