僕は、君が好きです。
「…仲原くんっ!」

振り返ると手を振りながら岸田さんが

近づいてくる。

その瞬間とっさに俺は真凛に

背を向けて歩きだした。

その時の俺は岸田さんの他にも

女子がいると思った…。

俺と一緒にいるのを見られて

真凛が女子から嫌がらせを

されないようにとっさに離れようとした。

「………泰詩っ?」

後ろから真凛が不思議そうに

俺の名前を呼んでいた。

その声を無視して俺は岸田さんと

肩を並べて駅の階段を上がった。

「泰詩っ!」

不意に後ろから真凛の叫び声が聞こえた。

振り返ると真凛が右足を庇いながら走って

俺と岸田さんの所まで近づいてくる。

岸田さんが振り返り驚いたように

真凛の名前を呼ぶ。

「えっ…真凛?」

俺は、黙って真凛を見つめていた。

真凛は俺の顔を見上げてゆっくりと

話し出した。

その真凛の瞳は真っ直ぐで…

澄んでいて胸をグッと引き込まれた。

「私の事は忘れて…。」

「…えっ?」

岸田さんが驚いた声を出す。

俺は何の事かわからず…

ただ真凛の顔を黙って見ていた。

「私の事は忘れてよ…そして

これからはもう何にも縛られないで…

泰詩は、誰かの為じゃなくて…自分の為に

生きなきゃダメだよ!」

そう言うと真凛は、背を向けて

俺達と反対方向に足を庇いながら

行ってしまった。

…え…何…どういう事…。

今、何が起きているのか理解できない。

頭を強く殴られたような衝撃…

頭の感覚が鈍い…。

歩いているのにその感覚さえよく

わからない。

駅の階段を上がって改札を通り抜ける。

いつもは真冬の朝の空気が

氷のように冷たく薄く感じるのに

今日は寒く感じない。

ただ、手には真凛の腕や頬の体温が

くっきり残ってその感触だけ

ずっと消えずにいた。

さっきから首が汗ばんで

喉を掴まれたように息苦しい…

俺は巻いていたマフラーを

首から外した。

「仲原くんっ!」

後ろから岸田さんが

追いかけてくるのがわかったが

俺はただ無言で自分のペースで

歩き続けた。

「ちょっ…仲原くん、歩くの早いっ。」

岸田さんが俺の左側にきて

笑顔を向けてくる。

「仲原くん…寒くないの?

マフラー外して…。」

「…え…」

「あのさっ…

今日、朝練じゃなかったの?」

「あぁ……」

「えっと…聞いていい?

真凛と何してたの?

さっきの話ってどういう事?」

「………さっきって?」

「…え、真凛が仲原くんに

忘れてって…言ったよね?」

「知らない…

よく聞こえなかったから…。」

「…えっ!嘘…本当に?」

「………」

俺は、手に握りしめられたしおりを

そっと見た。

真凛の事が想いが次々に頭の中に

浮かんでは消えていく。

どうして、もっと君の悲しみに

気がつかなかったんだろう…。

ただ、守りたかっただけなのに。

…俺はただ前に歩き続けていた。
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