君が笑ってくれるなら
――乗れよ

手振りしながら、口を動かす。

戸惑いながらも、急いで車に乗り込んだ私。

彼は助手席、無造作に置いたメモ帳にボールペンを走らせ、私に向ける。


――バスタオルあるだろ? よく拭けよ


「すみません」


――置き傘してなかったのか? 何処まで行くんだ?


「とりあえず駅まで行こうかと……置き傘、ロッカーに入れていたと思うんですけど」


――駅まで送ってやる。傘とコート、使っていい


「……すみません」

彼は後部座席の私の様子を確認し、車を発進させる。

カーステレオから聞こえてくるのは、女性歌手のバラード。

「万萬詩悠」の描く小説のイメージに似ている。


「『空と君との間には』出版間近ですね。私、前作からファンなんですよ」

一方的な私の話。
結城さんは喋らない。



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