心の中を開く鍵
「久しぶりに会ったから話をしようと思って。いきなり人前で連絡先だけを聞いたら、単なるナンパだろ」

商用で来社してナンパしているのは問題よね。そもそも連絡先は聞いてきたし、理由があろうと似たようなものじゃない?

話をする事は何もないと思うんだけど。

「今さら話なんてないでしょう。では、失礼します」

歩き始めたら、いきなり肩を掴まれて立ち止まった。

「真由になくても、俺はある。お前はいつも一方的だな」

一方的だったのはどちらだ。

キッと振り返ると、翔梧は少し驚いたように目を丸くして、肩から手を離してくれた。

私だって、昔みたいに黙ってあなたに言われるままにしないよ。

「終わったことでしょう。今は赤の他人ですよね」

「終わったことじゃなくて、お前が終わらせた事だろう。部屋に帰ったらお前の荷物が無くなっていて、携帯は繋がらなくて、大学の後輩たちに連絡先を聞いても誰も知らなくて」

そうしたもの。

「だいたい大学で、連絡先を教えるような友達もいなかったし」

そう呟くと、翔梧はまた驚いたように、今度は瞬きを繰り返す。

大学時代、誰とも全く話をしなかったわけじゃない。
だけど、あなたが知っている後輩たちはあなたが飲み会でどんな風にしていたかを私に教えてくれていただけ。
そして女の子たちは、放っておかれる私を見て優越感混じりに同情してくれていただけの“それだけ”の希薄な関係しか無かった。

あの当時、深くつきあっていたのは“あなただけ”だなんて、全く気づいてもいなかったでしょう。

私もわざわざそんな重苦しい感情を彼に言わなかった。

他人は他人だし、私はあなたと好きでつきあっていたのだから、あなたには関係ない、自分勝手な思いだろうし。

あなたはあなたの思うように私よりも違う人を優先し続け、私は私で、何度か我慢が難しくなった時だけ“一緒にいて欲しい”と伝えたのみ。
その返答は常套句になった言葉だったよね。

あなたが“ 私と一緒にいなくてもいい”って思っていたのなら、私の存在なんて無いも同然だと思ったし、そこに居場所がないのなら、私は一緒に居なくてもいいだけなんだよね。

後ろ髪を引かれるものなんて、何もなかった。
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