心の中を開く鍵

「観月さんを押したんですが、羽賀部長が“名前呼ぶくらい親しいなら、向こうも話しやすいだろうし、円滑に事が運ぶ”と言い出されまして……」

ああ。それは……。

「個人的に高崎さんにお会いしたくない理由が“そういう理由”であれば、相談役顧問にはバレないようにした方がいいです」

言いながら、葛西主任は苦笑した。

「何かありましたら、うちの嫁に相談なさい」

「あ、ありがとうございます」

顔を赤くして瞬きした。本当に葛西主任は人がいい。申し訳なさすぎて恥ずかしいよ。

思いながらも唐沢さんに紹介されて、そのまま明日の資料整理の手伝いを言付かった。

唐沢さんは年齢を理由に第一秘書を退いたと聞いたけれど、激務経験者だけに、優しげに微笑みながらの指示が半端ない。

膨大な量の情報収集と、高野商材側から提出された情報を確認して、照らし合わせてからファイリング。

「山根さん優秀ねぇ。個人秘書の方が活躍できそうな気がするわぁ」

そう言われて嬉しくなりながらも首を振った。

「私、さすがに個人秘書の方みたいに瞬時の判断下せませんよ。それに、実はユーモアセンスないですし」

何事にも動じないような寛大な心も持ち合わせていないし、たまに言葉は乱雑だし。

重役クラスの個人秘書にもなればパーティーや祝賀会に出席する事もあるけれど、そういう場で楽しく円滑に会話をする自信もないな。

「ああ。少し真面目な感じね。大丈夫よ。葛西くんだって勤まるんだから」

へらっと笑う唐沢さんに、それこそ真面目な視線を返す。

「葛西主任は場慣れしてらっしゃいます。ピンチヒッターで度々社長や相談役の秘書を勤められる人と比べないで下さい」

なんと言っても葛西主任は現社長の息子さんなんだから。

「まぁ、そうねぇ。高校生くらいまでは、よくパーティーに来ていたわよね」

「唐沢さん。葛西主任が高校生の頃をご存知なんですか？」

「顧問が会長の頃からだから、もう30年この会社にいますからね」

……長いなぁ。

「私もそうなりたいなぁ」

「あら。一度は結婚しなさいな。面倒な事も多いけれど、楽しいわよ？」

唐沢さんの、からかうような声音と表情に苦笑を返しながら書類角を揃える。

「どなたかいい人でもいましたら」

とりあえずサラサラとかわして、ファイルを閉じた。