心の中を開く鍵
***


「こんばんは」

仕事が終わり、唐沢さんと社員入り口を出た瞬間に声をかけられた。

……昨日の今日で、しつこいとは思わないんだろうか。

「あら高崎さん。今日は顧問はいないですよ?」

すでに顔見知りらしい唐沢さんが声をかけると翔梧が頷いた。

「存じています。今日は久住常務に挨拶してきましたので」

「ああ、そうだわ高崎さん。こちら山根さん。今回のプロジェクトで、私と一緒に補佐につくことに……」

顔を見合わせて、お互いに微妙な表情を浮かべると、唐沢さんが眉を上げた。

「あら。すでにご存知?」

「プロジェクトに携わる事になるのは存じませんでしたが、知り合いなので……。そうか。それはやりやすいですね」

私はやりにくいですよ。

無言でいたら、翔梧が私に微笑む。

「連絡先を聞きやすいです。真由はなかなか教えてくれないので」

「何を爽やかにバカなこと言っているの! だいたい単なる一介の秘書の連絡先を聞いてどうするのよ。あなたどうしてそんなんで課長になれたの!」

大きな声で詰め寄ったら、翔梧は普通だと言わんばかりの表情と声音で首を傾げた。

「課長職と個人的な事は別だからだろう? 仕事はキッチリするぞ」

「高野商材は実力主義でしょうが。それくらい知らないわけないじゃ……」

言いかけて、ここが唐沢さんの目の前で、しかもたくさんの人が往来する社員入口前であることを思い出した。

「し、失礼しました」

「いいえ? とりあえず山根さんと高崎さんは仲が良さそうで、高崎さんが肉食系男子なのはよく解ったわ」

唐沢さんは片眉を上げつつ、翔梧と私を交互に眺める。

「今は業務中ではないし、社内でもないから、私がたしなめる場面でもないわね」

……いえ。そこを理解されても困るだけなのですが。

「じゃあ、山根さん。また明日の朝にね!」

唐突にニンマリ笑いながら、バイバイ手を振る唐沢さんに焦った。

「いえ。一緒に帰りましょう唐沢さ……」

「あなたの家はA区でしょう? 私とは逆方向」

何故、私の家を知っているの? あ、私が補佐に作って事で調べたのかな?

「そちらでしたら、僕と同じ方向ですね」

さらりと笑顔で翔梧が割り込んできたから、唐沢さんは「じゃあ、よろしくね」なんて言って去って行った。

よろしくしないで頂きたかった。

残された私は俯いて、それから頭を押さえる。
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