心の中を開く鍵
***



数日経つと、人はいろんなことに慣れていく。

たまに高野商材の人とミーティングはあるけれど、言っていた通りに翔梧は毎回出席する訳ではないらしい。

ミーティングに出席したからといって、別に話しかけて来るわけででもなく、淡々と普通に仕事をして帰っていく彼にも慣れた。

まぁ、秘書と社外の人との接点なんてそんなものでしょう。

思いながらも電車を降りた帰り道。改札を抜けてから立ち止まる。

「お疲れさん」

実にニッコリと微笑みながら翔梧が立っているから、目を細めて溜め息をついた。

「やっぱりストーカー被害届出した方がいいの?」

真面目に言うと、真面目な顔をかえされた。

「……それは、だから勘弁してくれ」

「立派なストーカーな気がするけれど」

気を取り直して歩き始めると、少しだけ眉を上げて翔梧はついてきた。

「そう思っているなら、自宅に向かうのは得策じゃない。俺に部屋がバレるだろう?」

「ウチに帰るとは言っていないでしょう。飲みに行きますよ、飲みに」

バックを持ち直して見上げると、驚いたような表情が見えた。

「何よ。そんなに驚くこと?」

「いやぁ。さすがに“飲み”に誘われるとは思ってもみなかった」

「社会に出れば、そういうつきあいも増えるじゃない。そうしているうちに少しはお酒にも慣れました」

「いや、酒の話じゃないんだが。どうした急に」

不思議に思っているらしい。それもそうだろうと思うけど……。

「一度、ちゃんと話を聞かないと済まないみたいだから。それなら、話を聞いて終わらせようと思って」

「終わらせられたくはないな」

始まってもいないけれどね。

それでも仕事帰りの人で賑わう、近所の居酒屋に二人で入った。
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