心の中を開く鍵

いいと言えばいい。でも、違うと言えば違う。そもそも彼と私は学部も違ったし。

でもって、このタイミングでそれってことは、どこかの偉いお人の余計なお世話が発動しそうな予感もするなぁ。

言う必要もないと思っていたけど、ここは正直になるべきか。

「いいですけど。正確には違います」

主任は眉を上げ、唐沢さんとちらっと視線を交わらせる。

「高崎さんは元彼です。この会社に入社する前に別れました」

「……ああ」

主任は呟いて、眉を寄せた。

「あまり良好な別れ方ではないようですね」

良好な別れ方なんてありますかね。

顔を上げて情けない顔を見せると、葛西主任も微かに眉を下げた。

「しかし、そういうことでしたか……それは山根さんには申し訳ない事をしました。でも、今さら担当変更もできませんし……」

「大丈夫ですよ。話をしようと言われていますけど、仕事中に強引に何かされると言うわけではないですから」

「つきまといは立派な犯罪になりますよ？」

唐沢さんから何か聞いたのかな。確かに翔梧は社員入口にいたけど。

でも、キリッとして言う主任に、唐沢さんの生暖かい視線が向けられる。

……私もちゃんと知っている。

主任はいつも社員入口で奥さんを待ち伏せしていたことも、昼休みになると医務室に入り浸っていたことも、社員の目の前で告白したり、プロポーズしたことも。

私の白い目と、唐沢さんの見守りに気がついた主任が、小さく咳払いする。

「……自分は棚に上げますが、部下が困っているなら、対処しなくてはならないでしょう？」

きっと奥様は、心の広い人なんだろう。間違いない。

「や。翔梧が話をしたがるのは、私のせいでもあるんだと思いますから」

気を取り直して笑いながら言うと、また主任と唐沢さんが視線を交わらせた。

「よし。山根さん。今日は主任のおごりで飲みに行こうか？」

「え？　僕もですか？　妻も同席でもいいですか？」

唐沢さんと主任のやり取りを見ながら、顔をひきつらせる。

飲みに行くつもりも、洗いざらい白状する気もないんですが。