心の中を開く鍵
***



仕事が終わって、ちょっぴりドキドキしながらやって来たのは高野商材株式会社。

うちの会社から電車で20分程度の場所にある高野商材は、七階建てのお洒落レトロな煉瓦造りのビルディング。

……来たことないから解らないけど、社員入口とかあるのかな。

入口は一ヶ所だけど、通用口とかあったら、少し困るかも。

そもそも、もう19時だし。翔梧はいないかもしれない。

ボンヤリしていたら、中から見覚えのある人が出てきた。

「おや。確か……山根さん?」

面白そうなものを見つけたかのように、楽しそうに言っているのは、高野商材の営業部長さんだった。

「こんばんは」

「高崎なら中にいますが、商用……では無さそうだね?」

仕事帰りのスーツ姿だけど、小さなハンドバックしか持っていない私の姿を見て、部長さんはますます面白そうな顔をする。

「……呼んであげましょうか?」

ニヤニヤ笑いに変わったところで、真っ赤になった。

「い、いえ。それには及びません」

「じゃあ、連れていってあげましょう」

「ええ?」

部長さんは私の手を掴むと、クルリと反転して、ビルに入っていく。

どうしよう。商用じゃなくて私用なんだけど……。

そう思って迷っていたのに、半ば強引にエレベーターに乗せられて、部長さんに翔梧の所属する部署に連れてこられた。

「あそこにいますよ」

誰もいないデスクが並ぶだけで、どこかガランとした広いフロア。半分の電気は消されていて薄暗い。
その中で、こちらに背を向けて立っているスーツ姿の男の人を部長さんは指差した。

「高崎。お客さんだぞ」

呼ばれて翔梧が缶コーヒーに口をつけながらひょいと振り返り、私を見た瞬間に思いきり吹き出した。

目を丸くして咳き込む翔梧は、私と部長さんを交互に見て、最後に部長さんを睨んで袖口で口を拭く。

それから缶コーヒーをデスクに置いて、近くに置いてあったティッシュで慌てて吹きこぼしを拭いていた。

もう、恥ずかしくて嫌ぁ。
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