心の中を開く鍵
でも、それならそれで対処を考えようか。

そう思っていたら、コーヒーの匂いに混じって、紅茶の良い香りが近づいてきた。

さっきの人の良さそうな店員さんが、困ったような笑顔を見せながら私の前に紅茶のティーカップを、翔梧の前にコーヒーカップを置き、それから銀色の丸いトレイを持ち変えて、立っている。

「他にお客様がいないから、まだ良いですが、会話がまる聞こえなので困ります。少しだけ声を抑えてくださいね」

ふたりで顔を赤らめた。

そう言われれば、店内のBGMがクラシックからロック的な音楽に変わっていたし、さっきより音量も少し大きくなっている。

私たちの会話が聞こえていたとしたら……かなり恥ずかしいんですけど!

店員さんがカウンターに戻ったのを見届けて、ジロッと翔梧を睨んだら、困った顔をされた。

私の方が困るわ!

「……とにかく、翔梧がどんなに口説いても、私は恋愛するつもりがないんだから。無理としか言いようはないからね」

ボソボソと小さな声で呟くと、翔梧はまた眉を寄せる。

「そんなこと言われても、俺はもう六年前からお前に決めてるんだから困る」

六年前? 六年前って……それって、つき合っていた……。

えーと。きっと聞き間違い。

自分を納得させながらシュガーポットを手に取り、お砂糖を紅茶に入れ始める。

三年前とか言われても引くのに、六年前とか言われるなんて……まぁ、ないない。否定しながらサクサクと砂糖を入れる。

「真由……?」

どこか訝しげな声に、微笑みを貼りつけながら首を傾げた。

「はい?」

「お前、すでに砂糖六杯目だけど、そんなに甘党だったか?」

手元を見て顔を赤らめた。七杯目を持ち上げようとした手を戻し、シュガーポットを脇に押しやる。

それから一心不乱にティースプーンで紅茶をかき混ぜ、澄ました顔をしながらティーカップを持ち上げた。

「ねぇ、翔梧」

翔梧を上目使いに見ると、コーヒーを飲みながら眉を上げる。

「やっぱりストーカー被害届出した方がいい?」

「……それも困る」

静かに言われて、静かに紅茶を飲んだ。

それは、と~っても甘ったるかった。










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