心の中を開く鍵
えーと。うん。

今、ものすごーく大変な事を聞いちゃった気がする。

結婚とか言った? 言ったよね?

全然、まったく、頭の片隅にも思ったことがないよ。翔梧があの当時、そんな風に思っていたなんて。

だって、付き合うまではそれなりに一緒にいれたけど、付き合ってからは、ほとんど一緒にいなかったんだよ?

私より“友達”を優先させてきた翔梧が“結婚まで考えた”とか……そんなことを、いきなり言われても。

「え……と。あの……」

「最初からだったわけじゃない……けど、俺がもう少し落ち着いて、お前が大学卒業してからとは思っていた」

遮るように言われて、口を閉じる。

それから無言で翔梧を見つめると、視線を逸らされて、どうすればいいのかわからなくなって俯いた。

「俺はそもそも“あんな奴”だったからな。付き合った女には文句言われた結果、長続きしたこともない」

……でしょうねぇ。

「だけど、お前は黙っていたしな」

「……そうね」

文句も言わずに、私は付き合っていたんだよね。

……だって、一緒にいたかっただけなんだもん。

付き合ってすぐに就活で忙しそうにしていたし、友達付き合いも大切にしていたから……好きだから一緒にいたい、なんて、そんなことを言うのは、少しわがままな気がして。

「それでな?」

どことなくあっけらかんと、明るく言われて顔を上げると、声音とは裏腹に、かなり困ったような複雑な表情で見下ろされていた。

「プロポーズしようとして指輪を買って、それが大学時代の仲間にバレて」

指輪を買ったの?

「祝ってくれたのはいいが、酔い潰されて、起きてみたら傑作だった」

それは……どういう意味だろう?

「一緒に飲んでたダチに、一時間前にお前からのメール連絡があった話を聞いて、当たり前だけど待ち合わせ場所に行ってもいなくて、部屋に帰ったらお前の荷物がなくなってたんだ」

どこか遠い視線を向けられて、居たたまれなくなって、今度は私から視線を剃らす。

それは“あの日”の事だよね?

呆れて、悲しくなって、何もかも放り出してしまったあの日。

「大学のダチに言ったら“自業自得だろ”って笑われて、砂川さんにはゲンコツをくらった」

砂川さん……砂川さんて、高野商材の営業部長さん?
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