心の中を開く鍵
『予定あるか?』

「や。大丈夫だけど、寒くない?」

キャンプ場って、どこかしらないけどさ。今の時季にキャンプって聞いたことないよ。

『寒いと思うな。暖かい格好してくれれば、コテージ借りてるらしいから』

「解った。何時にどこに行けばいい?」

またタンスの引き出しを開けて、ジーンズとTシャツとパーカーを取り出し、それをベッドに投げ出す。

『30分後くらいに駅まで迎えに行く。ああ、それと……』

それと?

『泊まりだから、そのつもりで』

それきり切れて、しばらくして聞こえてきたツー・ツーという音。

思わずスマホを睨み付けた。

……なんだろ。はめられた気がするんだけど?

それでも約束は約束だ……よね。

急いでシャワーを浴びて適当に髪を乾かすと、それこそ適当に化粧をしてから、お泊まり荷物を布製のトートバックにまとめる。

慌てて部屋を出ようとして……炊飯器のランプに気がついた。

お昼用にって、朝炊いちゃったんだよな。

一泊するなら、炊きっぱなしになっちゃうし……お腹空くからおにぎり作っちゃお。
手早くおにぎりをアルミホイルに包んで、ぱっとバックに投げ込んだ。

それから部屋を出て、駅までダッシュ。
走っていたら後ろからクラクションを鳴らされて、ムッとしながら振り返る。

「真由!」

大きな黒い車の運転席から翔梧の声と、眼鏡をかけた顔が見えたから立ち止まった。

「は、早いね」

息を整えながら、落ちてきた髪をかき上げる。

「そうでもない。とりあえず乗れ」

親指で示されて、停まった車の助手席に乗り込んだ。

「俺は妥当な時間だろ? つーか、ずいぶん“それらしい”格好してんのな?」

それらしい格好?

Tシャツの上にネルシャツを着て、その上にロングパーカー。それからジーンズを合わせて、足元はスニーカー。

「アウトドア好きの重役がいるの」

シートベルトを着けて荷物を持ち直すと、翔梧にキョトンとされた。

「悪い。意味がわかんねぇ」

「社員旅行がなくなった代わりに、課を集めて親睦会をやるのよ。それが毎回、夏場にバーベキューなの」

「ああ。そういうこと。社員旅行があるご時世でもないよな」

翔梧は言いながら、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
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