心の中を開く鍵
思っていた事だけど、やっぱり私と翔梧はどうもタイミングが合わない。

人間、勢いって大切だと思う。

あれやこれやで一度冷静になっちゃうと、言おうと思っていた事を言えなくなってしまうと言うか。

でも、翔梧は豪語するように、しつこくて、強引で、諦めも悪いなら……。

「それで、何が知らなかったんだ」

……あっさり色々切り換えて、冷静に真剣に聞いてくるよねー。

半ば諦めてはいたけど、抵抗してみる価値はあるだろうし、半笑いを浮かべながら、ゆっくりと視線を翔梧から木立の方へ向けていく。

「……えーと。ほら、風邪ひくと大変だし、今日はいいよ。それにほら、何回か“話し合い”はしたじゃない?」

「嫌だ。今まで何回か見逃してきたけど、今日と言う今日はキッチリ話し合おう」

引かない……ですよねー。

私もどうして泣いちゃったかな。泣かなかったら、翔梧もここまでいきなり食い下がって来なかったよね?

「えーと。酔っぱらいだから、私。だから真面目な話は今度にしよう?」

「馬鹿だなお前は。酔っぱらいは酔ったとは言わねーんだよ」

うわーん。手に負えないよー。

だいたい元営業職から、何故かマーケティング企画課の課長なんだもん、第一線実務経験者じゃない。
片や私は縁の下の力持ち的な秘書課。口で敵うはずがないと言うか。

顔を両手で覆って俯くと、ブルゾンから翔梧のにおいがした。

ちょっと今日はキナ臭いけど、それに交じって微かにするのは……ちょっぴりムスク系の香水のにおい。

それに気がついて目を見開いた。

「……まだ、月葉の香水、つけてるの?」

静寂の中での小さな呟きは、聞こえていないはずがない。

それでも翔梧は答えてくれないから、静かに顔を上げた。

顔を上げて見つけたのは、微かに困ったような翔梧の、切ないようにも感じる笑顔で……。

「どうして忘れてくれなかったの?」

顔を歪ませると涙が零れて落ちる。

このにおい……つき合い始めてからの誕生日、翔梧にプレゼントしたもの。

私が初めて翔梧にあげたモノ。

そして初めて抱かれた日にもまとっていた香水だった。
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