その手が暖かくて、優しくて
廃工場の周りは静かだった。

勝弥が工場に入った直後に祐希と数人がここに到着したが、彼らがなかを覗き込んだときには、すでに拉致犯たちは全員、床に倒されていた。

「うわ!もう終わっちゃってる!」祐希はそう言うと、一緒に来ていた仲間のほうを向き、
「僕たちは帰ろう。他のメンバーたちにも終わったって連絡してくれ」



月明かりに照らされた川沿いの道を、亜里沙を背負って勝弥は歩いていた。
草の匂いのする風が心地よく、亜里沙を背負っているためにドキドキして顔がかあっとなっている勝弥を優しく冷ましてくれていた。

一方、亜里沙は勝弥に背負われながら安心感に包まれていた。監禁されていた恐怖からの解放感でほっとした彼女は疲れと合わせて眠気を感じていた。

そのとき、勝弥が立ち止まって、少し下にずり落ちかけた背中の亜里沙を上に背負いなおした。

「よいしょっと」

亜里沙の体が一瞬ふわっと持ち上がる。

「ねぇ…真鍋君、いまの『よいしょっと』もう一回やって」

「え!なんで?」

「なんか、気持ちよかった」

「そっか…いくぞ…よいしょっと!」

もう一度、勝弥の背中で亜里沙の体がふわっと浮いた。



亜里沙は勝弥の横顔を覗き込んだ。
(真鍋君の背中はおっきいな…それに、真鍋君は草の匂いがする…いい匂い)

安心した亜里沙は勝弥の背中で、すうすうと寝息をたてて眠ってしまった。

そんな亜里沙を勝弥も少しだけ振り返って覗き込んだ。

(寝てしまったか…大変な一日で疲れたんだろう…)

まっすぐの前髪の下から綺麗な睫に目が閉じられている。
形の良い鼻の下、彼の肩越しに亜里沙の唇が見えた。





このままキスしてしまおうか…


そんなこと考えながら勝弥は急に照れくさくなって再び前を向いた。

(亜里沙…俺がお前を守る!俺は…)

心中で、そう呟き、
亜里沙を起こさないように静かに足を進めながら、勝弥は夜道を進んだ。

(俺は、ずっと、お前が好きなんだ…)



そんな2人を月が優しく照らしていた。


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