その手が暖かくて、優しくて
選挙戦の行方
「とりあえず、お疲れ様だったね。亜里沙!」

今回のスピーチ原稿を一緒に書いた駅前のファミリーレストランに亜里沙と瑞希はいた。午後から降り出していた雨は夕刻には止んでいた。

「うん…ありがと。瑞希。」

「投票日まであと1週間だよ。これからが本当の勝負だけど、このまま行けば絶対、勝てるよ!」

「そうかな…なんだか、こんなふうになるなんて想像もしてなかったから…」

今日もガムシロップたっぷりのアイスコーヒーを飲みながら亜里沙が言った。

「もちろん、油断しちゃいけないよ。相手はあの綾小路だし、またどんな汚い手使ってくるかわかんないんだから…」

瑞希は亜里沙にそう言いながら、考えていた。

(あの綾小路がこのまま、何も手を打たないわけがない…今度は何をしてくるのか…)

「そうだよね…」
そう答える亜里沙も漠然とだが、綾小路に対する不気味さが分かっているだけに、胸の中にモヤモヤとした不安が湧き上がっていた。

「じゃあ、アタシ、バイトがあるから行くね」

「うん。ねぇ…バイトって、この前も言ってたけど何のバイトしてんの?」

「それは内緒!じゃあね!」

そう言って、瑞希は彼女の分の代金をテーブルの上に置いて店を出て行った。

「確か電車で都内まで行ってバイトしてるって言ってたよなぁ…。
いったい何だろ…?しかも夕刻から…?もしかしてキャバ嬢とか…?」

そんなことを、いろいろ頭の中で想像しながら、少しずつ暗くなってきた外を見て、亜里沙も店を出て家に向かった。




一方、華麻呂には、ある考えがあった。こんな小さな戦いで、この手は使いたくなかったが、しかたがない。彼は負けるわけにはいかなかった。
それは将来に掲げるさらなる大きな野望のため。
「明日には、早速準備にかかろう」
そう一人呟き、またいつもの
「あーこいつ、悪いやっちゃなぁ」という表情でニヤリと笑った。




その頃、綾小路家の隣に住む橋本家では

「ママ!今夜あたり、また『へんたい』がでないかなぁ」

綾小路家側に向かう窓の前で、ジュースとお菓子を用意して座る五歳の女の子に母親が
「舞ちゃん…」

悲しそうな母親の目には涙があふれていた。

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