その手が暖かくて、優しくて
地方の県庁所在地から離れた山あいにある村立の小学校の廃校が決まった。
その跡地には綾小路グループの綾小路リゾート開発がゴルフ場を併設するリゾートホテルを建てる予定となっていた。
その小学校の解体工事を請け負っている松田土建工業の社長である松田重雄は現場で作業員の監督を行っている最中に現場事務所から呼ばれた。
「なんだろう?」作業中にこうやって緊急で呼ばれることなど、めったにない。
急いで事務所に戻った重雄を綾小路リゾート開発の工事担当責任者が待っていた。
「松田さん。ご苦労様です。」
「あ、どうも…あの…何か…?」そう尋ねる松田に、
「松田さんのご長男は確か…旭が丘高校に行ってらっしゃるとか…」
「はい。今3年生です。」
「しかも、野球部で部長もなさっているそうですね」
「あ…はい、そう息子から聞いてますが…それが、何か…?」
いったい何の話なんだろうと松田が不思議に思っていると。、
「実は、お願いがありましてね。しかし断るときには、今回の当社との取引に良くない影響がでることをご理解されたうえで、お返事ください」
「ふう…」
バイパスから市街地へ向かう県道に入り、見慣れた風景を車のフロントガラス越しに眺めながら、松田は溜息を漏らした。
2週間ほど続けて解体工事現場で寝泊まりしながら仕事をしていた彼は久しぶりに我が家に帰る途中だった。それは、今日、綾小路リゾート開発から告げられた「ある要請」に応えるためだった。
夕方に村を出た彼が100kmほど離れた地方都市に戻ったとき、時刻は19時を少し回っていた。明るい街の灯りと周囲の喧騒が彼には懐かしく、ほっと安堵させるものだった。
父親の後を継ぎ、彼が今の会社の社長となって5年が経った。
会社の業績は今のところ、まあまあ順調だ。しかし今請け負っている綾小路リゾート開発の仕事を失うようなことがあれば、最悪、従業員たちを路頭に迷わせる事態に陥るかもしれない。
今年40歳になる彼には、家で妻と二人の子供が待っていてくれる。
長男は旭が丘高校の3年。次男はまだ小学生だ。
やがて、周囲の景色は彼にとって、
より親しみのあるもの変わり、
その先の交差点を曲がって、5分で2週間ぶりの我が家に到着する。
予定外の帰宅だったが、ほっと安堵感を感じる反面、彼は帰宅してから息子に話さなければいけない「お願い」について考えると気が重かった。
「いったい、なぜ息子の学校のことで、大人がこんな汚い交渉事を持ち込むのか?」
やがて、久しぶりに自宅に戻った彼を、妻や息子たち暖かく迎えてくれた。
「おかえり。父さん」
「ああ…。亮介、すまないが少し話があるんだ。」
「え!なに?」
その夜、野球部部長松田亮介が父親から聞いた話は驚きの内容だった。