その手が暖かくて、優しくて
「ああ…今日も疲れた…」
ふと腕時計を見ると20時を少しまわったところだ。
今夜も、もう少し残業をしてから会社を出て、駅へ向かい、家にたどり着いたら
23時を30分くらい過ぎたくらいだろうか…
寝静まった家族を起こさないよう、風呂と食事を無言で、なんの感情もなく終わらせ、そしてベッドに入る。
まだ寝足りないと思っていても
朝はあっという間にやってくる
一杯のコーヒーで重い体を奮い立たせ
また会社へと向かう。
今週末は休めるだろうか?
佐々木和夫は今年でちょうど50歳。
綾小路銀行の本店で現在、総務課長を務めている。
15人ほどの社員の上司とはいえ、組織内では様々な雑務を請け負う「何でも屋」。
日中は取引先や出先店舗を忙しくまわり、夜遅くまで書類整理や報告に追われる日々を過ごしていた。
東京都内にある駅の近くの本店ビルは40階建オフィスビルだった。
その33階にある学校の教室くらいの広さのオフィスで、
その日も20時を過ぎて、社員の半分くらいが残業していた。
PCのキーボードを叩く音だけがカチャカチャと響いている
少し休憩しようと考え、佐々木は事務フロアを出た。
エレベータの脇にあるパーテーションでしきられた休憩スペースで、
コーヒーを買った彼は、それに口をつけながらぼんやりと考えていた。
銀行員である佐々木は全国の支店や営業所を4~5年周期で転勤を繰り返していた。妻や子供たちには、その都度引っ越しや転校で迷惑をかけてきたが、彼の長男が高校進学をむかえたころに本店での勤務辞令がでた。
もともと東京の大学を出て、今の会社に就職した彼だったがこの20年間は
関西や九州など西日本での勤務が続いていた。
最近の金融業界再編で、彼の銀行も1年前に綾小路グループに吸収合併されるかたちで今の銀行になったばかり。
いまだシステムの調整や、取引先の引継ぎ調整などの業務に追われ、多忙な毎日を送っていたが、首都圏エリアに戻ったことを機に、郊外に一軒家を購入して、そこで家族と暮らしている。いま高校3年生の長男が無事一人前になるまでは、もう少し頑張らなくては…と考えていた。
タバコの排煙用空気清浄機が動く音がウィーンと響く
そこに設置された自動販売機で買ったブラックコーヒーからは
暖かな湯気が上がっている。
それを、無言で眺めながら、一人思いにふけっていた佐々木に、
「あ!佐々木課長こちらでしたか?専務がお呼びです。」
「専務が?」
いったい、なんの用だろう?しかも、こんな時間に…
最上階の役員フロアに向かう佐々木を待っていたものは驚きの内容であった。
旭が丘高校の生徒会長選挙において、佐々木の息子はもちろんのこと、彼が部長を務めているサッカー部全体を綾小路家の御曹司である華麻呂に投票させるということだった。しかも断ればクビだと。
佐々木は、その不可解な要請に驚きながらも、それを息子に強要することについて承諾するしかなかった。
ふと腕時計を見ると20時を少しまわったところだ。
今夜も、もう少し残業をしてから会社を出て、駅へ向かい、家にたどり着いたら
23時を30分くらい過ぎたくらいだろうか…
寝静まった家族を起こさないよう、風呂と食事を無言で、なんの感情もなく終わらせ、そしてベッドに入る。
まだ寝足りないと思っていても
朝はあっという間にやってくる
一杯のコーヒーで重い体を奮い立たせ
また会社へと向かう。
今週末は休めるだろうか?
佐々木和夫は今年でちょうど50歳。
綾小路銀行の本店で現在、総務課長を務めている。
15人ほどの社員の上司とはいえ、組織内では様々な雑務を請け負う「何でも屋」。
日中は取引先や出先店舗を忙しくまわり、夜遅くまで書類整理や報告に追われる日々を過ごしていた。
東京都内にある駅の近くの本店ビルは40階建オフィスビルだった。
その33階にある学校の教室くらいの広さのオフィスで、
その日も20時を過ぎて、社員の半分くらいが残業していた。
PCのキーボードを叩く音だけがカチャカチャと響いている
少し休憩しようと考え、佐々木は事務フロアを出た。
エレベータの脇にあるパーテーションでしきられた休憩スペースで、
コーヒーを買った彼は、それに口をつけながらぼんやりと考えていた。
銀行員である佐々木は全国の支店や営業所を4~5年周期で転勤を繰り返していた。妻や子供たちには、その都度引っ越しや転校で迷惑をかけてきたが、彼の長男が高校進学をむかえたころに本店での勤務辞令がでた。
もともと東京の大学を出て、今の会社に就職した彼だったがこの20年間は
関西や九州など西日本での勤務が続いていた。
最近の金融業界再編で、彼の銀行も1年前に綾小路グループに吸収合併されるかたちで今の銀行になったばかり。
いまだシステムの調整や、取引先の引継ぎ調整などの業務に追われ、多忙な毎日を送っていたが、首都圏エリアに戻ったことを機に、郊外に一軒家を購入して、そこで家族と暮らしている。いま高校3年生の長男が無事一人前になるまでは、もう少し頑張らなくては…と考えていた。
タバコの排煙用空気清浄機が動く音がウィーンと響く
そこに設置された自動販売機で買ったブラックコーヒーからは
暖かな湯気が上がっている。
それを、無言で眺めながら、一人思いにふけっていた佐々木に、
「あ!佐々木課長こちらでしたか?専務がお呼びです。」
「専務が?」
いったい、なんの用だろう?しかも、こんな時間に…
最上階の役員フロアに向かう佐々木を待っていたものは驚きの内容であった。
旭が丘高校の生徒会長選挙において、佐々木の息子はもちろんのこと、彼が部長を務めているサッカー部全体を綾小路家の御曹司である華麻呂に投票させるということだった。しかも断ればクビだと。
佐々木は、その不可解な要請に驚きながらも、それを息子に強要することについて承諾するしかなかった。