その手が暖かくて、優しくて
瑞希と亜里沙
瑞希は電車の窓から流れていく景色を眺めながら、亜里沙のことを考えていた。
彼女は親友の瑞希と同じ高校へ行きたいと考えて旭が丘に入ったし、
瑞希の「夢」に対しても最大の理解者だった。

そんな大事な親友を、こんな泥沼戦に巻き込んでしまった原因は自分にある。

希望を持って入学した高校は、生徒会の支配によって、自由とは名ばかりの窮屈なものであった。皆は、心にためた不満を抑えながらも生徒会に対して逆らう者はなく、2年生になって、綾小路が生徒会長になってからというものは、さらに学校生活はひどいものとなっていった。
それに我慢がならず、瑞希は密かに抵抗分子を集めて、彼らを倒す機会をうかがっていた。それが現在の龍神会である。
そして、今回亜里沙の生徒会長立候補により念願だった学校改革ができると思っていたのに…

やはり、そう簡単なことではなかった。
予想はしていたが、ここまで手ごわいとは…
やつらを見くびっていた。そんな反省を瑞希はしていた。



そのとき、一枚の電車の中吊り広告が瑞希の目に入った。
それは愛犬家向けの情報誌の広告で、愛らしい子犬の写真が、その表紙を飾っていた。

「あのこ…ハナに似てるな…」
ふと、瑞希の胸に中学時代の思い出が蘇ってきた。



瑞希の祖母が亡くなったのは、10年ほど前、彼女はまだ小学生だった。
初めて触れた「ひとの最期」は幼かった瑞希に大きなショックを与えた。

祖母の火葬に立ち会ったとき、読経をしてくれたお寺の住職が
瑞希たちに次のような話をしてくれたことを
彼女はいまでも覚えている。

「人は亡くなると『仏様』になります。
生前に善人だったひと、悪人だったひと
努力したひと、なまけてたひと
周囲から好かれたひと、嫌われたひと

全て、『仏様』になります。

それは自らの『死』をもって、残されるひとに
『死』とは何か、逆に『生きること』とは何かを。

そして命には限りがあるということ、
だから、どう生きるべきかということを大事にすること

何より、残された者たちは『生きねばならない』ということを。

そんな
一番大切なことを教えてくれるから『仏様』になるのです」と


幼かった瑞希の頭には、その「ホトケサマ」という言葉が
とても印象に残った。
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