その手が暖かくて、優しくて
「急に彼の元を去った美音(みおん)を探して、修(しゅう)は深夜の校舎の廊下を進んだ。
すると、
美音の影が薄暗い廊下の先に見えた。修は

『誰だ!美音か?』
その問いに、暗い廊下の先から彼女の声が聴こえる。

『修…』

『み…美音!行くな…』

『さよなら…優しい修…大好きだったよ…』

暗くて、そう言う彼女の表情は見えなかったが、その声が泣いているのを修は悟った。

『美音…』」




亜里沙たちがファミリーレストランで作戦会議を行なっていたころ、
恋に恋するロマンチスト大田原権三は、お気に入りの携帯小説を読んで、泣いていた。
小説に出てくるような恋愛がしたいと考えている権三は、それに憧れ、度々、隠れて携帯小説を読んでは、その切ないストーリーにときめいていた。

その日、彼が読んでいた小説は、
野良猫だった美音が、たまたま出会った修に優しくされ、人間である修のことを好きになってしまう。しかし、ある日、美音は車に跳ねられ死んでしまうのだった。
最期にひとつだけ望みをかなえてやろうと神様に言われた美音は人間の女の子の姿で修に会いに行きたいとお願いする。
その願いは叶えられたが、つまりは霊としてである。
人間の姿で美音は修と出会い、二人はすぐ、恋に落ちるが、幽霊である彼女が修のそばにいることで修に災いが起きてしまい、彼女は彼のもとを去る決意をするという物語だった。

そのラストシーンで美音が修に別れを告げるところを読んで、権三は号泣した。

「『美音』そう言って彼女に歩み寄ろうとする修に
『ダメ!来ないで!だって…アタシに近づくと、また修に良くないことが起きちゃうよ…』
『何言ってんだ!美音!』
『アタシ…修が転んだり、病気になっちゃったり、そんなこと望んでなかったんだよ…本当だよ……でも…』

そんなこと修には,わかりすぎるくらいわかってた。

『アタシ…化け猫だもんね…ごめんね…本当にごめんね…』
暗闇に包まれる廊下の先で、美音の悲しい声が響いている。

『美音!』そう叫んで修が追いかけようとしたとき

『さよなら…修。それから、ありがとう。短い間だったけど、ほんとアタシ幸せだったんだ…』

そんな言葉を残して、美音の影は消えた。

『美音…』

修は暗い廊下の先を見つめながら、いつまでも泣いていた。

(Fin)」




「美音ちゃん…健気だ…可哀想すぎる…」

その巨漢を公園のベンチの上で小さく丸め、スマホの画面を眺めながら涙を流す権三は、しばらく、その余韻に浸っていた。


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