その手が暖かくて、優しくて
昼休みに、亜里沙と瑞希を含めた昨夜の5人は、薄暗い理科準備室に集まっていた。
しかし、昨夜の作戦成功時の明るさは彼女たちに無かった。
昨夜、金田のパソコンから盗み出したデータについての金森からの報告は彼女たちの期待を大きく裏切った。

「それは、本当なの?」そう尋ねる瑞希に金森は

「はい、昨夜、盗んだデータのなかには会計資料や帳簿改ざんの証拠どころか、流用の疑いを示すものすら、全く見つかりませんでした。」
金森が悔しそうに答える。

「証拠を確保しても、それを上手く使わないと奴らにもみ消されてしまうから、その公表のための時間も考えると、これから証拠の在り処を探して、それを盗み出している時間はないかもしれません。もはや作戦を変えるしか…」

理科準備室内に重苦しい空気が流れた。
ほかに方法がなかったから、昨夜、校舎に忍び込みデータを盗むということまでやったのだ。いまさら他の方法など思いつかない。

(このままでは、負ける…)といった思いと

(やっぱり、あいつらには勝てないのか?)といった悔しい気持ちが5人の胸にこみ上げてきた。




一方、生徒会では、昨夜の侵入事件があったことすら知られていなかった。
侵入者の正体を知った権三が、昨夜見張りをしていた2人にも強く口止めしたからだ。
「いいか、お前が何者かによって倒されて、見張りの役目を果たせなかったことは、俺が内緒にしてやる。だから、お前も決して誰にも話すんじゃねぇぞ!」

そもそも、彼らは、そこに盗まれて困るようなものは置いていなかった。

用心深い華麻呂は、生徒会費に係る全てを金田一人に管理させ、会計に関するものは帳簿をはじめ、全て紙ベースとしていた。

数字に強い金田が作成する帳簿は完璧で、これまでも会計監査で問題となったことは一度もない。しかも金田は華麻呂にとって忠実であったし、彼は黙認していたが、最近では金田自身も一部流用していることから、この件で金田が華麻呂を裏切ったりすることはあり得なかった。

また、生徒会を私物化していた華麻呂にとって、生徒会費を自分のために使っていることに対する罪悪感すらなく、亜里沙陣営が、そのことを探っているなんて、全く考えることもなかった。

選挙の見通しは明るい。確実な圧勝が予想されていた。
もはや、彼らには心配事は一切なく、亜里沙たちに対する警戒心も薄れてしまっていたのだ。



そんななか、放課後になって、瑞希たちは再び、理科準備室に集まっていた。
選挙での巻き返しは100%不可能な状況で、なんとか綾小路を倒す方法はないか、
それを相談するためである。

「俺が調べた限り、綾小路は100万円以上の金を生徒会費から流用している。その度に金田が上手く辻褄を合わせ、適当な名目で処理したりして、そのことを隠してきたが、その証拠は絶対にあるはずなんだ。
金田から会計監査時に提出される帳簿は完璧で、過去一度も不正や不備を指摘されることはなかった。そこまで完璧な帳簿が完成する過程には、予備帳簿や、本当の金の出入を細かく記録されたものがあるはずだ。俺の想像では二重どころか三重、四重帳簿まであると思っている。」

他の4人は黙って、金森の話を聞いていた。

「だから、金田のパソコンには、必ずそれらがあると考えていたんだが…」

「金田のパソコンデータで見逃したものがあるとか…?」

「いや、それはない。中のファイルは、ほとんど取り込んだし、俺は昨夜から寝ずに全てをチェックした。」

「じゃあ…その証拠ってどこにあるんだろう?」

< 54 / 68 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop