その手が暖かくて、優しくて
2人のケンカは、最初のような相手の攻撃をかわしながら、逆に攻撃を返すといったものではなくなり、お互いの攻撃を受け合うようなケンカに変わっていた。

(やっぱり、こいつは強い)
それをお互いが感じあっていたが、少しずつ、勝弥が優勢になってきていた。

「勝弥ぁぁぁ!」
権三の回し蹴りを、頭の上すれすれで避けた勝弥が、その足を払い、さらに倒れかかった権三に渾身の蹴りを入れた。

倒れた権三は、もう立ち上がることができなかった。

(くそ…勝弥…)
そう思いながら権三は、同じ女の子を好きになった勝弥のことを、以前のように、ただ憎たらしい嫌なやつと思えなくなっている自分に気づいた。

「真鍋君…」亜里沙がケンカの終わった二人に近づいてきた。

「太田原君も大丈夫?」そう尋ねる亜里沙に

「大丈夫…こんなやつに蹴られたくらいで…ちょっと疲れて寝てるだけだ…」

そう言うと権三は、ゆっくりと立ち上がって、

「勝弥、俺は引いてやるから、亜里沙ちゃんはお前がしっかり守れ!」

「そんなこと、お前に言われなくてもわかってるよ。」
勝弥がそれに答えた。

「そっか…なら、いい」

そう言うと、権三はふらつく体で歩きだし、亜里沙たちから離れて行った。

そんな権三の背中をしばらく見送った勝弥は、

「俺たちも帰るぞ」と亜里沙に言った。

「うん…」

照れくさそうに亜里沙の前を歩きだした勝弥の手を、後ろから亜里沙が握った。

「………!」

それに振り返った勝弥と亜里沙の目が合う。




その手が暖かくて、優しくて…



「ねぇ…真鍋君、さっき言ってくれたこと、本当?」

「ああ…」そう言ってから、勝弥は前を向いたまま

「俺は、亜里沙を好きでいて…いいか?」

亜里沙は勝弥の横顔に言った。

「うん!ずっと…好きでいて…」




その翌日、大田原権三は綾小路の私設軍隊を辞めた。


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