イジワル同居人は御曹司!?
歩兄は財布から何やらカードを取りだしテーブルの上に置く。

「羽瀬奏」と書かれた免許書だった。写真も紛れもなく本人のもの。

「かなでさん…とお読みするのかしら」

「はい、はせかなでと申します」

歩兄、改め奏さんは淡々とした口調で自己紹介する。

生年月日からすると私よりも3つ上の33歳だ。

「写真写りがいいですね。何か免許書の顔って犯罪者っぽく写ったりしません?」

私は場を和ませようと雑談を振ってみる。

「しません」

…が、秒速で撃沈。

ですよねー、とヘラヘラ笑って誤魔化しながら、私は鞄から数すくない資産である財布と免許証を取りだした。

自分の身分が証明出来るものが焼失せずに残っていてよかった。

何もなかったら私という存在はこの世から抹消されていたかもしれない。

私一人が消えたところで、世の中の経済はなんの滞りもなく流れていくだろうしね。

「藤田紗英と申します。歩さんと同じP&C社に勤務していて現在データマーケティング部に所属しています」

奏さんは私の免許をスラリとした長い指でひょいっとつまみあげる。

それから免許書の写真と私の顔を交互に眺めた。

私はハッと我に返る。

今の私は素っぴんの上、タンクトップに短パンというあられもない姿であることを思い出す。

なんたる不覚!友人の兄とは言え男の人にこんな姿を見られるなんて…。しかも美形に…。

私はチラリと視線を向けて奏さんの様子を伺うが相変わらずの能面フェイスだ。

私の格好なんて気にも留めてない。

この家に転がり込んでる時点でおかしな女だと思われているので、今更どんな恰好をしててもそれは変わらないのだろう。
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