久遠 ~十年越しの恋~
「乾杯」
近所の大衆居酒屋「熊ちゃん」
そこが俺たちの行きつけの飲み場だった。
仕事帰りのサラリーマンや、中には高校生みたいな連中も楽しそうに杯を交わしている。
厨房には職人気質の店長。
バイトの女の子が三人。
あとは大学生っぽい男が一人いた。
ううん忙しそうである。
酔っぱらいの相手もしなきゃいけないし、これだから居酒屋でバイトはしたくねえんだよな。
店内に入り、キョロキョロと辺りを見渡す。
「おーいたくー! こっちこっちー!」
大声で手招きをする廉哉がいた。
テンション高いなおい。
「うっすーおまえの方が早かったんだな」
「ん? ああチャリで職場から来たからな」
「じゃあ飲めねえじゃん」
自転車も飲酒運転になるんですよ?
「あー押して帰るからいいよ。というか帰り、おまえの家よるし」
「来るなよ」
おまえ来ると掃除大変なんだよ。
「とりあえずなに飲む? 生でいい?」
「おう」
「すいませーん! 生二つお願いしまーす!」
「少々お待ちくださーい!」
俺は席につくやいなやタバコに火をつける。
「ふぅーっ」
「なぁなぁ拓也。おまえ再来月にある成人式行くのか?」
「まぁ行くつもりだけど…会社から休みももらえると思うし。廉哉もいくんだろ?」
「いやぁ正直行ったところでさぁ…」
「なんでだよ中学ん時の奴等と会えんじゃん」
「えーなんかそのあと二次会とかで連れてかれそうだし、女とかと飲みたくない」
「…そりゃまた贅沢な悩みだな」
いいじゃんそういう再開?の場でののみかいとかさ。
俺は憧れるけど。
「おまたせしましたー! 生二つですー!」
「あーどうもー」
そういって俺は二つのジョッキを受け取る。
「うっし。んじゃまぁとりあえず…」
「「かんぱーい!!!」」
ジョッキを鳴らし、ビールを喉に流し込む。
グビグビグビグビビ。
伝わるのど越し。
「…くぅーっ! たまんねえなぁ!!」
廉哉は半分以上を飲み干したジョッキをテーブルに置く。
「冬のビールってのもおつなもんだよな」
「それな。夏とは違うおいしさがある」
「でも廉哉、おまえいつからビール飲めるようになったんだっけ? 高校のときとか飲めなかったじゃん」
「ああ…うーんやっぱこっちに来てからかなぁ。専門通ってたときもサワーばっか飲んでたし」
「レモンサワーな」
「そうレモンサワー…あ、拓也。ライター貸して」
「ほいよ」
「サンキュー…ふぃーっ。居酒屋でビールを飲んでタバコを味わう…大人って感じがするぜ」
しみじみと廉哉はそう語りだす。
「そうかぁ?」
「にしても中学生かぁ…」
先ほどの成人式の話題から引き出したのだろう。
廉哉が中学生という単語を漏らした。
「智樹、直人、結也、昂平、ヒロノブ、隆太郎…みんな元気かなぁ」
「元気にしてんじゃねえの? つか、高校のときもしょっちゅう会ってたじゃんかよ」
「俺さぁやっぱ高校のときより中学んときに戻りてえなぁって思うわけよ」
廉哉がビールを一口。
そんなことを、言い出す。
「へぇ」
「だってさ高校生になっちまったら多少は大人になんなきゃいけねえじゃんかよ。それにみんな女女女ってさ。色恋沙汰にも夢中になっちまう」
「それは一理あるな。でも中学生って一番中途半端ってことにもとれんぞそれ」
「だからいいんだよ。まださーそういう恋とかにも鈍感で、男だけとつるんでる方が全然楽しい~! みたいな? ああいう時間ってのはもう二度と返ってこねえなぁって思うとほんとに寂しくなるわけ」
廉哉の気持ちは痛いほどにわかった。
俺も頭の片隅でどこか思っていたことなのだ。
くだらない笑い話。
無邪気な教室。
フロアに響くバッシュの音。
夜に飛び込むプール。
買い食いしたアイスの味。
始めて買ってふかしたタバコ。
自転車の二人乗り。
下校する帰り道。
オレンジの夕陽。
そんな二度と戻らない日常が恋しくてたまらない。
「楽しかったなぁ…中学生」
と廉哉が言う。
「楽しかったよなぁ…中学生」
そして俺も頷く。
「中総体とか覚えてるか?」
「! あー…引退試合な。忘れるわけねえじゃん」
「あん時さぁ、あいつっておまえのこと応援しに来てたんだろ?」
「いや違うだろ」
「絶対そうだって! だってあんときらへんからおまえらめっちゃ仲良くなったじゃん!」
「…だっけか?」
「うんうん」
廉哉がいう「あいつ」。
あえて名前を出さずともそれが誰のことを名指してるのかはすぐにわかった。
ビールを一口飲む。
またほんの少し。
俺はあの頃の俺に。
中学生の頃の俺に戻る。