きみの愛なら疑わない
「言う前でよかったよ。君とセックスしなかったことも正解。お互い傷は最小限でよかったね」
私から体を求めても浅野さんが応じてくれたことは一度もなかった。それは大事にされているからだと思っていた。彼が慎重になっていても私は待てた。抱き締める腕が優しかったから。お互いがお互いを想っていたはずなのに。
「もう会社以外で会うこともないね」
「っ……」
今更セフレにすらさせてもらえないのだ。
「じゃあお休み足立さん。さようなら」
そう言い捨てて車に乗った浅野さんは私の顔を見ることなく発進させた。
見えなくなるまで見送ったけれど、スピードを出して止まることなく行ってしまった。
彼はもう私のところへは戻ってこない。
これから始まっていくと思った関係が今日で終わってしまった。
こうすればよかったと思うばかりで修復は不可能に近い。
浅野さんにしてみたら最低最悪の状況だ。もっと早く、何もかも正直に話していたら違った形で続いていけたのかもしれない。
自分の腕で自分の体を抱きしめた。浅野さんの温もりをなくした体は冬の外ではいっそう寒い。あの唇に触れられた耳や首は風のせいだけじゃなく冷たい気がする。
私はいつまでもマンションの前に立っていた。家に入ってしまったらお風呂に入って寝なければいけない。寝てしまったら朝がくる。そうしたらいつもの一日が始まってしまう。心にぽっかり穴が開いたまま日常生活を送ることが怖い。
母から帰りが遅くて心配した電話が来ても、私はしばらく中に入ることができなかった。