きみの愛なら疑わない
優磨くんは就職するからカフェを辞めてしまうし、浅野さんは来週引っ越す予定になっている。実家のパン屋の経営を手伝うことにはしたけれど、実家に戻ることはしないで近くに別の部屋を借りて住むようだ。
隣県に行ってしまうし職場も変わってしまうから今までのように頻繁に会うことは叶わない。きっと休日もお互いに違う曜日だろう。
「どうせ引っ越したらまたコンビニ弁当生活だから」
「そこは実家に何とかしてもらってください」
こんな会話をしたって彼の口から『作りに来て』とも『一緒に住もう』とも言われない。
その事について話し合ったことはない。遠距離恋愛になってしまうことについて浅野さんから何かを言ってくれるまで私からは言えないし、新しい生活を始める浅野さんの負担になるつもりもない。
「よかったです。これからは浅野さんが倒れても看病してくれるお母様や妹さんが近くにいますもんね」
「もう倒れるまでは働かないよ。今は退職準備で忙しいだけだから」
「そうですね……」
自分でも驚くほど暗い声が出た。
退職日はもうすぐだ。浅野さんにとっては居心地の悪いかもしれないこの部屋も、私にとっては特別な空間だった。
鍋の味噌汁をかき混ぜる私の後ろから浅野さんが抱き締めてきた。
「浅野さん?」
「もう足立さんのご飯を食べることも少なくなるね」
「全くなくなるわけじゃないって思ってもいいですか?」
不安だった気持ちをぶつけた。
私との時間も忘れないでほしい、なんてワガママだと思われるかもしれないけど。
「考えてるよ」
浅野さんが私の耳元で囁いた。
「足立さんのこと、ちゃんと考えてるよ」
「……はい」