きみの愛なら疑わない

私の姿を見るなり書きかけのボードを忘れて笑顔を見せてくれる。揺れる尻尾が見えてきそうなほどに。

「これから送別会に行かれるんですか?」

「そうなの。通りの向こうのもつ鍋のお店だよ」

「わあ、そこ美味しいんですよね。楽しんできてくださいね。慶太さんをよろしくお願いします」

「うん。また来るね」

優磨くんに手を振って歩き出した。

信号を渡り、会社の前を通ったとき「美紗ちゃん」と呼ばれた。

聞き覚えのある声に足が止まった。
会社の前に設置されたガードレールの上に美麗さんが座っていて驚いた。

「美麗さん……どうしてここに?」

確か優磨くんに監禁に近い状態で家にいると聞いたのに。

私の質問に答えずガードレールから下りて近づいてくる美麗さんに自然と身構えた。

「美紗ちゃんも慶太と同じ会社なんだってね」

「……はい」

「それも狙ったの? 慶太に近づくために」

「ち、違います! 偶然です!」

思わず声を荒らげた。美麗さんに言われること全てが責められているように感じてしまう。

「親に頼んで美紗ちゃんが城藤の会社に入れるようにお願いしようと思ってたんだけど、美紗ちゃんは大手に実力で入れるんだもんね」

「…………」

「美麗が何もしなくたって、いつだって美紗ちゃんは要領よく生きられるんだよ」

美麗さんが発する言葉全てが嫌みに聞こえる。

「美麗ね、今日は慶太に会いに来たんだけど」

「…………」

「ここに連れてきてくれないかな? 美紗ちゃんは美麗の友達だよね。いつも美麗のことを考えてくれたもの」

目の前に立つ美麗さんは高圧的だ。その態度は過去の美麗さんとはもう違ってしまった。目には生気がなくて顔色が悪い。全てを手に入れられると豪語していた頃の面影はないけれど、今でも欲しいものは必ず手に入れる気なのは同じだろう。

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