きみの愛なら疑わない

「美紗さんのお母さんは寂しいでしょうね。ずっと親子二人で生きてきたのに」

「それがね、お母さんも彼氏と住もうかななんて言い出してるの。私がいなくなったら部屋を自由にできるからって」

母は彼氏ができて再婚を考えている。私も家を出るし、母にはこれから自分の人生を生きてほしいと思っていたからタイミングがよかった。

「そういえば慶太さんはまだお店ですか?」

「うん。今は本店にいるの。新作パンの試食会議だからどうしても抜けられないって」

浅野さんのご両親が経営するパン屋は既に3店舗になった。
美麗さんとの結婚が破談になって移住したこの地で成功したようだ。

パンを作るのは浅野さんのお父さんと専門学校を卒業した妹さんが中心となり、浅野さんはマネジメントを担当している。早峰フーズやそれ以前に勤めていた食品会社での経験が活きているようだ。

「美紗さんが引っ越してくるっていうのに仕事ですか。さすが次期社長は忙しいですね」

「社長なんて優磨くんには言われたくないかもね」

涼しい顔をしてコーヒーを飲む優磨くんに思わず笑ってしまった。
社長なんて言葉は浅野さんには似合わない気がする。だけど事実これからは浅野さんが中心となって事業を拡大していくだろう。パン屋はテレビ番組で取材してもらう話もあるのだという。

「優磨くんは? 仕事はどう?」

「毎日学ぶことが多すぎて大変ですよ。週末のありがたさを実感してます」

優磨くんが就職して数ヵ月。城藤の人間だからと他の新卒に比べて扱いが違うらしいけど、家柄は関係なく接してくれる同期の子に出会えて何だかんだ楽しくやっているそうだ。

「もっと勉強して成長して、城藤の名前に恥じない人間になりたいです」

「うん。頑張って」

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