きみの愛なら疑わない
浅野さんが立ち上がった動きに合わせて私の視線も動く。数枚の紙を持ちながら私のデスクに近づいてくる浅野さんに緊張する。
「足立さん」
「は、はい」
思わず口籠った。
「駅前店のメニュー表なんだけど」
浅野さんは私のデスクの上に文字と数字が羅列された紙を広げた。
「メニューと価格が決まったからこれで作ってくれる? ドリンクの写真は午後に潮見さんが持ってくるから」
「わかりました……」
「ここはメイン商品だから目立つようにしてほしいかな」
浅野さんの長い指が紙の上をなぞり、反対の手でさりげなくメガネのずれを直す。
自然と私は浅野さんの顔を見た。銀縁のメガネが余計に浅野さんを冷たく印象付けるけれど、近くで見るとくっきり瞼が二重になっていてまつ毛も長い。鼻筋はすっと伸びて唇はふっくらしている。まるで女性のように。
メガネをはずした顔をもっと見てみたい……。
「足立さん?」
「あ、はい、すみません」
浅野さんが私の顔を見るから慌てて目を逸らした。
「…………」
「じゃあよろしくね」
「はい……」
私の様子に不審そうな顔をしたけれど、彼は何も言わずに自分のデスクに戻っていった。
浅野さんを気にするあまり浅野さんを見てしまう癖がなかなか直らない。気づかれてはいけないのに、このままじゃいつかバレてしまう。私が浅野さんの結婚を壊した女だって。
窓の向こうから大粒の雨音が聞こえてきた。窓ガラスに雨が当たって下に流れ落ち地面に消えていくけれど、私の苦い過去の記憶と罪はいつまでたっても消えてはくれなかった。
大学の時に初めて出席した結婚式は最悪のものだった。いや、あれは結婚式なんて言えたものじゃない。大勢の参列者の前で新郎新婦の親族を辱めるものだった。