きみの愛なら疑わない

「じゃあこの間言ってた会社員ならいいんですか? ケイタでしたっけ?」

最近美麗さんの口からよく聞く名前だ。

「そう慶太……あの人なら……」

珍しく美麗さんの方から気に入ったと言っていた会社員がいる。
今までは寄ってくる男を都合よく相手にしていたのに、いつの間にか美麗さんは慶太の話ばかりするようになった。その男にだけは美麗さんのワガママが通用しないのだ。

「ねえ美紗ちゃん、煮物って作れる?」

「まあ、作れますけど……肉じゃがとかですか?」

「ちく……ぜん……に?」

「ああ、はい。作れますけどそれがどうしたんです?」

「作ってあげたくて……」

蚊の鳴くような声で顔を赤くした美麗さんは普通の女の子と変わらない、恋をする女の子の顔だった。

「仕事でずっと洋食しか食べてないから和食が食べたいんだって。でも美麗は料理なんてしたことないし……」

今まで美麗さんが男のために何かをしたいだなんて言ったことがなかった。それほどにその慶太は美麗さんの心を掴んだのだろう。慶太の方だって美麗さんの容姿と財力に惹かれないわけがない。

「じゃあ今度うちに来てください。作り方を見せながら教えますから」

「ありがとう美紗ちゃん!」

この綺麗な笑顔を向けられたら落ちない男なんていない。煮物を上手く作ろうが失敗しようが、男にとっては美麗さんを可愛く見せる要素に変わりはない。
美麗さんは全てを持っている。手に入れられないものはないのだから。



◇◇◇◇◇



美麗さんは親が決めた縁談を無視して食品会社に勤務する慶太と付き合うようになったのだという。
その男は役職がついているわけでもなければ御曹司でもない。一般家庭で育ったごく普通の男だ。
一体どうやて知り合ったのかはわからないけれど、いつの間にか美麗さんはその男に夢中で、初めて自分の思い通りにならない態度に翻弄されていた。

< 55 / 164 >

この作品をシェア

pagetop