きみの愛なら疑わない

「こちらこそ……式を楽しみにしてます……」

通話を終えても慶太の声が耳から離れない。

思っていた以上に優しそうな声だった。
慶太はこの声で美麗さんを叱って、笑いかけて、ときには甘えるのかもしれないと思うと心が痛む。
こんなにも気にかけてくれるのに。こんなにも愛されているのに。美麗さんは裏切った。

「慶太何だって?」

お風呂から出た美麗さんが髪をタオルで拭きながら私の前に座った。

「急用じゃないから明日かけ直すそうです」

「そう。式のことかな」

「優しそうな人ですよね……」

慶太に対して思ったことが口をついて出る。

「うーん、そうだね。怒ると怖いけど」

美麗さんはバサバサと髪を指で乱暴にすいて、私のドライヤーを自分のもののように持って勝手にコンセントに挿した。

「素敵な人なんだろうな……」

この呟きはドライヤーのスイッチを入れた美麗さんには聞こえない。風が吹き出す鈍くて大きな音にかき消される。私が何を言っても聞こえておらず、長い髪を鬱陶しそうに乾かしている。

濡れた髪を手に滑らす美麗さんは同性から見ても美しい。汗ばんだ首筋が色気を漂わせている。両膝を床にぺたりとつけて座る姿が余計に女性らしさを引き立たせる。私が貸したシンプルなパジャマだって美麗さんが着ると可愛く見えた。

この無防備な姿で何人の男をたぶらかしてきたのだろう。慶太と結婚したら悪い癖は治まるのだろうか。それとも、また新しい浮気相手を見つけて同じことを繰り返してしまうのかもしれない。

美麗さんの人生に挫折や失敗なんてないに違いない。誰かを傷つけても気づかないし気にもしない。
一度でいいから、この人が恵まれた人生から転落するところを見てみたい。
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