GREEN DAYS~緑の日々~
 その夜、夏穂は風呂から上がると濡れた髪をタオルで拭いた。何気なく机の上の包みに目をやる。新しい水入れが入っている包み。洸に買って貰った水入れの入った包み。ベッドに寝転ぶ。そして正面の壁に貼ってあるピカソのレプリカのポスターに目をやる。アルルカン。夏穂は右手でそのポスターを指差しながら呟いた。

「いやー、いいね。赤と黒のコントラストが実にいいね」

夏穂はそう言い終えると、少し自分に呆れた様に息をついた。そしてそのまま眠った。



 翌日、夏穂は美術部の部活に出ていた。石膏像のデッサンを部員達と続ける。

「空気の流れを意識してデッサンをしなさい」

顎鬚を生やした美術教師はそう告げた。夏穂は口を尖らせ小声で呟いた。

「訳のわかんない事言ってんじゃねーよ」

男子部員の一人が手を上げる。

「先生、トイレ行きたい」

「ああいいよ、じゃあ休憩にしよう」

 夏穂は鞄の中から財布を取り出すと階段の方に向かった。踊り場のひんやりとした空気が足元に伝わって来る。夏穂は足を止めた。どこかからギターの音が聞こえて来る。濁りの無い澄んだ音色。

 一階に下りると右手に視聴覚室がある。夏穂はドアに付いている小さなガラスの小窓からそっと中の様子をうかがった。するとそこには昨日会ったばかりの洸が、ブラスバンド部の部員達の前で、椅子に腰掛けながらギターを弾いていた。少し長めの髪を後ろで縛り、アーティストの顔をして。夏穂は思っていた。洸は何と綺麗な音を出すのだろう。色が白く、少し中世的な雰囲気。不思議な透明感。

 洸は外の小さな小窓から覗いている夏穂に気がついた。そのまま演奏を終える。ブラバンの部員達の拍手が響く。洸は「じゃあちょっと休憩に」と言い残し、ギターを置き、夏穂が覗いている戸の方に向かって歩き出した。夏穂は慌てて首を引っ込めた。洸は戸を開けた。

「コーヒー牛乳、奢ってやろうか」

洸はそう言って微笑んだ。

< 4 / 49 >

この作品をシェア

pagetop