GREEN DAYS~緑の日々~
 翌日、部活が始まる前、夏穂は図書館で一人美術書を見ていた。指で絵の枠をなぞる。後ろから洸が顔を出した。

「ぎゃっ」

「何見てんだ」

「いいじゃん別に」

洸は夏穂の前に座った。煙草をくわえている。

「禁煙」

「火い付けねえよ。綺麗な絵だな。何て絵なんだ」

「フェルメールの『牛乳を注ぐ女』」

「好きな絵なのか」

「二番目にね」

「一番は?」

夏穂は頁を捲った。

「ピカソの『アルルカン』」

「『アルルカン』?」

「アルルカン。…道化師」

洸ははっとした。アルルカン。道化師。そうだ。確か自分の父親がいつか見せてくれた。まだ幼かった自分を膝の上に乗せて。煙草臭い部屋で。これは私が一番好きな絵だと言っていた。

「どしたの」

「いや、いい絵だな」

 夏穂は微笑みながらアルルカンに見入っている。そうか。夏穂もアルルカンが好きなのか。そうか。洸は何となく穏やかな気持ちに包まれていた。夏穂のこんな表情を見るのは初めてである。

「そう言えば、水入れを使っている所を見ると、お前は油絵じゃなく水彩やってるのか」

「そうだよ」

「どうして油絵やらないんだ」

「別にいいじゃん」

「アルルカンが好きなら油絵やればいいじゃん」

「油絵の絵の具は臭いからヤなの」

洸は苦笑した。窓から見える校庭では生徒達が騒いでいる。

「お前、いつも一人だな」

夏穂は眉を尖らせた。

「部活行こーっと」

夏穂は美術書を元の棚に戻すと図書室を出て行った。洸は夏穂の背中をいつまでも眺めていた。
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