鉢植右から3番目
夕焼けが消えそうになるまで話していたら、俺のケータイが鳴る。ディスプレイには課長の名前。
うんざりしながら兼田に謝って席を立ち、店の外で電話に出る。
『お前今どこ?締め切り前だぞ、早く帰社しろよ』
「・・あー、すみません、長引きまして。もう戻ります」
新規の開拓で最近の成績が芳しくない俺は課長に見張られている。春の人事異動で直属の上司になった今の課長は他力本願な男で、力量に合わない人事に自分が一番びびっていた。
それで、成績不良者への圧力をかけまくることに決めたらしい。自分の足を引っ張るヤツの面倒は見れないってことだな・・・。と理解した。てめえの面倒も見れてねーじゃねえかよ、とは心の中で呟くだけにした。
席に戻って兼田に告げる。
「悪い、俺会社戻るな。今日は会えてよかった、心配してたんだ」
彼女は一瞬不思議そうな顔をして何度か瞬きをした。俺は多少の気まずさを感じる。
彼女が退職してから一度も連絡しなかったからだ。だけど、何度かトライはしようとしたのだ。電話をかける勇気がなかっただけで。
だって、何て言えば?
経費で落とせるからと言う俺に丁寧に断りをして、彼女は自分の会計を済ませる。
そうだ、確かに、こんな子だった。
俺は人波の中で真っ直ぐに立ってこちらを見る彼女を改めて見詰めた。
いつでも、こうやって立ってたな。前をちゃんと向いていた。
突然、ぐっと胸に迫るものがあった。
何だこの焦燥感。・・・このまま、彼女を行かせてはならない、そんな焦った感情に翻弄される。
喧騒も全部が一瞬で遠ざかった。