鉢植右から3番目


 彼女はまた目を見開いた。

 鼓動がうるさい。だけどもこのドキドキだって、俺には久しぶりのことだった。緊張していた。頼む、いいって言ってくれ――――――――

 しばらく考えるような顔をして、呆然と彼女は俺の前に立っていた。瞳が遠くを見詰めているようだった。

 ・・・どうした?返事が遅くて俺は焦る。

 言葉が足りない?もっと、何か・・・・

「・・・ごめんね、坂田君」

 その時、彼女の声が聞こえた。

 凛とした声だった。迷いみたいなものが一切感じられない、ハッキリした発音で、こう続けて言った。


「私、もう結婚してるの。名前は今は、漆原都なの」



 ―――――――え?


 俺はつい、彼女の手元に視線を落とす。そこに結婚指輪はない。

 こちらの混乱を感じ取ったか、彼女はごそごそと鞄を漁りだし、夕日の残り日にも煌いて輝く指輪をするりと左手薬指に嵌める。

 普段は外してるのって。

 何だか、力が抜けてしまった。うるさかった鼓動もシュルシュルと落ち着いていく。

 だけど、何だか安心して笑ってしまった。

「・・・そっか、じゃあ今、幸せなんだな」

 幸せの中に、いるんだな。


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