…だから、キミを追いかけて
サッシの向こうに拡がっている海は、いつもに増して穏やかで碧かった。
海藻の張り付いてる岩の部分は黒っぽい茶色で、砂の沈殿した所は透き通ったブルー。

夏色に染まる海水のコントラストを眺めがら、わざと思考を停めようとしている自分がいた。




此処へ…帰ってくるつもりはなかった。

あの日、この家を出た時、


(二度と帰らない…)


そんなつもりでいたーーー




……こんな形で

帰ることになるとは思わなかったーー


思いもかけない出来事の末だったーーー




窓を開けると、岸壁に打ち寄せる波音が聞こえてくる。

ザンッ…と響く波音に胸が騒めく。

あの日の記憶が蘇るのを必死で拒もうとして、ブルブルと頭を左右に振った。

じっとしてるとロクなことを思い出さない。
部屋を飛び出し、階下にいる母と祖母に声をかけた。



「出かけてくるわ…」

車のキーを握り、くるくるとチェーンの先に付いたクリーム色のクマを振り回した。

「どこ行くん?」
「夕飯には間に合うようにお帰りよ」

「うん……島を一回りしたら帰ってくる…」

クマのキーチェーンを握りしめて家を出た。
車庫の手前に停めた自分の車に乗り込み、静かなピアノ曲をかける。

波の音を耳に入れまいとして、わざとスピーカーから出る音量を大きくした。




故郷は、田舎の漁師町。
イカ漁が盛んな場所で、子供の頃亡くなった祖父も、イカ釣り船の漁師だった。
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