…だから、キミを追いかけて
心にもない台詞を言って求めた。
『本当にいいの…?』と、もう一人の私が言っているみたいだった。


部屋へ着くまでの足元が、雲の上を歩く様にふわついていた。
しっかりと航の腕を掴んでいないと転びそうな不安定さがあった。

カチャ…とドアが開けられ、彼が先に部屋に入った。
背中を優しく押され、恐る恐る足を踏み入れた。


可愛いピンクの部屋を目の前にして、心臓の音はMAXに達する。
部屋のどこを見ていいかのか分からないくらい狼狽えて、足元がブルブルと震えた。
心許ない顔をして側に立つ航も、何処かしら緊張しているみたいに見えた。


「な…何か飲もうか……?」

航の声が裏返る。
それに無言で頷き、テーブルの上にあった紅茶を入れた。

指先が震えて仕方なかった。
今ならまだしなくて済む…という思いもあった。


(逃げ出すなら今。今なら航も怒らない……)


そう思いながらも黙って紅茶を飲んだ。
砂糖を入れるのも忘れていた紅茶の味は、今も全く覚えていない。

紅茶の袋が紫色で、ダージリンだった…というのを覚えているだけ。



カチャ…とカップを置く、航の行為にビクついた。
急に怖くなってきて、キュッと肩に力を入れた。


手に持っているカップを除けられ、優しく肩を包まれた。

……唇が重なる。
柔らかい唇をした航の指先が、僅かに震えている…。



……それだけで、(この人とならいい……)と思った。


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