…だから、キミを追いかけて
昔ながらの日本旅館は、入り組んだように建てられている。

旅館の設備を説明しながら、部屋へと案内する。

「お食事は18時からとなっております。こちらの階段を上がって、2階の大広間へおいで下さい。
それから、お風呂は左手の廊下を突き当たって左右にあります。男湯と女湯日替わりですから、名札をよく確認してからお入り下さい。
自販機は各階に。お手洗いは、お部屋の中に……」


カチャン…と鍵を開けてハッとした。

別れたと言っても、一緒に住んでいた彼と2人きり。

ヤバい。さすがに……。


「どうぞ、お入り下さい。鍵はこちらに置きますので。ごゆっくり……」

逃げるようにドアノブを閉めかけた。

ぎゅっと手首を掴まれる。


心臓が……ビクリと飛び上がった。




「……少しだけ…話がしたい……」


穏やかだけど我が儘。
航は…私の苦手を突くーー。


「では……少しだけ……」

パタン…と閉めるドアの音。

あの日が最後だと思っていたのにーー……。





「……どうぞ。お茶…」

一応、仲居らしいことはしよう。バイト代も弾んでもらっていることだし。


「ありがとう…」

伏し目がちにお礼を言われた。
お茶を入れても食事を作っても、きちんとお礼を言うのが癖。
何も変わらない。
以前のままだ…。



「熱っ…!」

啜ったお茶が熱過ぎたらしい。

「ごめんなさい!熱かった⁉︎ ……ですか…⁉︎ 」
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