…だから、キミを追いかけて
「来るまで待つ。夕夏は来てくれると信じている」

「行かないって言ったでしょ⁉︎ 無駄なことしないで!」

話す事なんかない。
顔を見るのも辛い。

……何も……思い返したくない……!




「無駄じゃない!!」


大きな声にビクつく。
航の大声を聞くのは初めて。
真剣な目をしてるのも、多分初めて見た。


「来るまで待つ。きっと来て」

言い放つように口を閉ざした。
睨むように見つめても、彼はもう何も言わない。

襖を開けて外へ出る。

追いかけてもこない航の考えていることが理解できずに、部屋を後にしたーーー。






厨房へ行くと、調理場はてんやわんやの賑やかさだった。

盛り付けにお座敷の準備。脚付きのお膳を用意して、時間に間に合うようセッティングする。


「なかなか手際いいじゃない!」

毒舌女将から褒められる。
大したことはしていない。見よう見まねで動いているだけだ。


18時から夕食が始まり、宿泊者達が集まってくる。
ご飯が入ったお櫃と吸い物を持ち、席へと伺う。

接待は担当する客室の仲居がすることになっている。



「こんばんは」

礼儀正しい挨拶が聞こえた。
ほぼ時間通りに来た航を、部屋の名札が置いてある場所まで案内した。


「何か飲まれますか?」

愚問だ。
航はアルコールは飲めない。

「日本酒を熱燗で」

驚いて顔を見た。微かに微笑んでいる。

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