…だから、キミを追いかけて
(飲めるの?)と、問いかけるように彼を見つめた。
声に出しては聞けない。頷く彼に合わせて声を発した。


「熱燗ですね。少々お待ち下さい」

その場を立って厨房へと急ぐ。

『桐』の間のお客様は夕食を食べない。
お孫さん家族と外で食事をするからいらない…と、出かける前に言われていた。

だから、私が相手をするのは航だけ。
どれだけ不幸続きなんだ。



「お待たせしました」

お銚子を1本だけつけてもらい、席に着く。
航にお酒を注ぐのは初めて。いつもと反対だ。


「君もどう?」

空になったお猪口を手渡される。
ちら…と女将を振り向く。
返盃を受けてもいいのかどうか迷った。

座敷の隅にいた女将はニコッと微笑み、頂きなさい…と頷いた。


「頂きます」

お猪口を差し出す。
ゆっくりと注がれる日本酒。いい香りがする。


「…美味し…」

飲んだ感想をこぼした。航は頷いて本当に…と囁く。

「美味いですよ。料理も」

イカのお刺身が特に美味い…と、あっという間に平らげてしまった。

合間合間でお酒を注ぎ、少なく言葉を交わす。天気や祭りのことなど、当たり障りのない会話。


「デザートです」

最後のフルーツ盛りを持って行くと、急いで客室へと向かう。

布団を敷いて回る。航が帰って来るまでにさっさと済ませておかないと……。


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