私情。
鼻水をすする音がする。
声にならない声で叫ぶように、
だけど気持ちを殺すように。
誰かが泣いている。
「…どうしたの?」
なんでもない、とでもいうかのように張る声。目には何も見えない。
泣き声は、随分遠くから聞こえるようだ。
「みんないないよ」
遠かったはずの声は、
一気に近寄って、足元に熱が伝わる。
そこに、誰かいるの?
「いるよ、ここに、ここにいるよ、ねえ、きづいて、いる、ねえここにいるよ。」
「大丈夫、大丈夫だよ。私が今、あなたをちゃんと見てる。」
「…ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんは、今生きてて楽しい?」
「また急だね、どうして?」
そういったところで、
頰に何かがチラチラと触れる。
「これは、なあに?」
「桜の花びら、だよ」
私の声に、少し穏やかな口調で返す。
「そっか。」
「ねえ、生きてて楽しい?」
「そればっかりだね。そんなの、ひとまとめにしてうんだなんていえないよ。」
私は自然と笑って、
だけどそれでいてなぜかなきそうになって、そんな私を見透かしたかのように。すすり泣いていた子は女の子で、そして、
「ねえ、お姉さん。この桜の木、実は花びらが異様に綺麗なんだ。
恋に揺さぶられてもつれた男女がお互いを刺しあった後、それを不憫に思った、2人をよく知る男が、ここに埋めたの。
愛し合っていた2人は勘違いと憎悪にまみれてしまったから。そんなつもりはなかっただろうにと、不憫だと。
そして、その翌年から。この木は罪深いほど美しいと噂になった。木の下に恋人が埋まっていることは、男の他は誰一人知らないんだ。
だけど、いや、だからなのかな。
この木は切り倒された。
あまりにも美しすぎたから。
でもそれは、何かの犠牲の果てなんだ。
犠牲、なのかもわかりはしないけれどね。そして、結局切り落とされた。
もっと、生きたかっただろうに。
なにも、報われなかったんだ。
ねえ、不公平じゃない?
不公平だよね。
誰かが決めた基準と規律と欲に支配されて、一つの命が終わる。
それでも、生きてて楽しいの?
理不尽なこと、言われたりされるでしょう?自分の考えが、甘いとは思わないの?」
この話を聞いて何も、言えない気がしたけれど、黙ることは正解じゃない。そう思ったからこそ私は、
ゆっくりと目を開いた。